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猫には推理がよく似合う  深木章子

4041044537

角川書店
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おや、これは、なかなか新鮮なミステリー。

猫とミステリーの組み合わせは珍しくない。
その猫が真っ白のスコティッシュフォールドで。
しかも、気を許した人間だけに喋るとしても。
ま、さほど驚くことでもない。

猫の名前に関しては笑える。
(これから読む人のために言わずにおきます)
猫の程々に我儘な性格もいかにも猫らしくていい。
猫が実は大のミステリー好きなんていうのも面白い。

のどかなミステリーだと思っていたら。
最後にちょっとした急展開。

私・・・勘だけで犯人、わかっちゃいましたけど。
犯人以外のところでビックリしました。

そ、れ、は! 想像もしていなかった!

このアイデアと作品全体の雰囲気、買えます。
ただ、最後は尻すぼみと言いますか。
衝撃の事実の後始末的な展開のところが弱い。

初めましての作家さんでしたが。
いわゆる当たり外れのあるタイプでしょうか。
創意工夫があり、細やかなんだけど、ちょっと雑。
一生懸命ミステリー書いてる人にありがちな・・・

でも。案外、この感じは好きかもしれない。
そもそも、ミステリーなんて不自然なんですから。
リアリティーを求め過ぎると社会小説になっちゃう。

失礼ながら、外れる覚悟を持って読めば楽しめそうです。

(2017.6.3)
ミステリの「当たり外れ」って。
まぁ個人の好みが相当、影響するんですよね。
レビューを読むと、絶賛の声と酷評が同数ってのいうもザラ。
相対的に評価が高くて、安定感がある人は大抵、超人気作家。
でも、人気作家の作品って新鮮ではないんです。
ちょっと下手、なのが愛嬌になる気がします、ミステリって。
基本的には私の好みは、「ザ・王道・本格・傑作」ですけれど。

醜い日本の私  中島義道

4106035731
新潮選書
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感受性のマイノリティ? 私も?

あとがきは、一読の価値あり。
しかし、著者は自分を「ヘンな人」というが、
そうではないのではないか・・・と思う。

本書の主題とは外れるかもしれないが。

「治り」たくない。

これは、この本の中の名言。
病あるものは、少なからず病に愛着を持っている。

すべての場合に当てはまるとはもちろん、言わない。
だが、心の有り様に直結している病は治らないのではない。
そう。不思議なことに「治り」たくない。

そのことを著者は上手く表現している。すなわち、

自分の暗い性格に悩んでいるものは、たとえそれを完全に明るい性格に変える薬が発明されても飲まない。肌の色で差別に苦しんでいるからといって、色を変える手術はしない。ほとんどのゲイは「ゲイを治す薬」が出来ても飲まない。

おっしゃる通りで。
私は自分の「暗い性格」に思春期には死にたいほど苦しんだが。
明るい性格になりたいとは、微塵も思っていなかった。

「暗い性格」のまま、認められたいのである。
否、「暗い性格」に苦しんでいる自分は捨てられないのである。
「暗い性格」だからこその自分、と信じているのである。

自分が自分の欠点や弱点と感じるものを。
克服しようと前向きに努力できる人もいるのだろうけれど。
自らの「弱さ」「醜さ」こそを愛してしまうのが人間だ。
そのことを自覚しているかどうかは人によるだろうけれど。

結局、「醜い日本」というのも。
そうだからこそ愛しい、と思えてしまう人間の性から生じる。

本書に張った付箋、30枚あまり。

共感する内容なのに。
読んでいて、不快感が強かった。
切り口というか、語り口というか。

なぜ著者は。
そんなに自分を「マイノリティー」に分類したいのか。

私は別に自分が少数派であることを誇ろうとは思わない。
心の底にその意識がないかと言えば、なくもないだろう。
しかし、声高に語って読者を不快にすることもあるまい。

テーマと、語ろうとしている内容に対しては同意できる。
日本の風景の醜さに関して泣きたいのは私も同じだ。
だからと言って自分の感受性がマイナーだとは思わない。

いや。待て。実はそうなのか?
その可能性を認めることはさすがに私も怖い。

(2017.5.11)
私は表に見える部分がどうあれ。
本質的には「少数派」に属する価値観を持っているかもしれません。
しかし、昔ほどそのことを強く意識しなくなりました。
「隠れ少数派」が実は少なからず存在していると思うのです。
言い換えれば、「隠れている」けれど「少なくはない」。
実感より、価値観の近い人はいるのだろうとぼんやり考えます。
多い少ないが、そもそも問題ではないのだけれど。
自分が大切に思うことを同じく大切に思う人がどこかにいる。
そう信じられることは、私にとって意味のあることなのです。

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2017年に5月に読んだ本

今月読んだ本・・・・・・14冊


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時のしずく「時のしずく」 中井久夫
★★★★★
心の癒し。とにかく好き。

醜い日本の私 (新潮選書)「醜い日本の私」 中島義道
★★☆☆☆
共感できるはずなのにイライラ。

家事も、家計も、子育ても・・・みんなのアイデアが満載! 家しごとがもっと楽しくなるノート術「家しごとがもっと楽しくなるノート術」
★★☆☆☆
ごめん。なんか相性が悪い。 

たった1分ですっきりまとまる コクヨのシンプルノート術「コクヨのシンプルノート術」
★★★★☆
他人のノートは蜜の味。

本を守ろうとする猫の話「本を守ろうとする猫の話」 夏川草介
★★★☆☆
読んでいて何か気恥ずかしい。

座右の名文―ぼくの好きな十人の文章家 (文春新書)「座右の名文」 高島俊男
★★★★☆
私の座右の名文は何だろう・・・

ことばの食卓 (ちくま文庫)「ことばの食卓」 武田百合子  野中ユリ
★★★★☆
独特のセンス。好きじゃないけど気にかかる。

測量野帳スタイルブック (エイムック 3514)「測量野帳スタイルブック」
★★★☆☆
ただいま、ノートジプシー中。

書き込み式 筆ペン字練習帳「書き込み式 筆ペン字練習帳」 和田康子
★★★★☆
和田さんの字はかなり好き。

眼ヨガ―龍村式ヨガ健康法 疲れ目、近視、乱視、老眼、ドライアイ、眼精疲労などの悩みを改善!「眼ヨガ」 龍村 修
★★★☆☆
試してないけど、イイかもしれない。

漢字と日本人 (文春新書)「漢字と日本人」 高島俊男
★★★★☆
漢字好きの私には少し耳が痛い。

冷血(上)「冷血(上)」 高村 薫
★★★★☆
なんだかんだ、好きなんだな、高村薫。

冷血(下)
「冷血(下)」 高村 薫
★★★★☆
怖い、哀しい、切ない、怖い。

人魚の涙 天使の翼「人魚の涙 天使の翼」 フランチェスカ・リア・ブロック
★★★☆☆
ここリリカルさ、苦手だけど少し惹かれる。



★★★★★ また読みたい本
★★★★☆ 堪能した本
★★★☆☆ まぁ満足した本
★★☆☆☆ どっちでもいい本
★☆☆☆☆ 時間のムダだった本

(あくまでも独断・偏見ですので悪しからず)


絶不調状態から、少し抜け出した頃でしたっけ。
数ヶ月前のことが、やけに遠く思えます。

漢字と日本人  高島俊男

4166601989
文春新書
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漢字という「腐れ縁」

私は、漢字の読み書きだけは苦労したことがありません。
幼い時から本ばかり読んでいたせいでしょう。
学ぶ必要もなく、勝手に漢字は覚えたのです。

「漢字が日本人に与えた害」を語っているとも言える本書。
思い当たったり、なるほどと膝を打つ部分はありつつも、
共感や納得がし辛かったのはそのせいでしょうか。

元々、本書は。
「日本人にとって漢字とは何か」を英米人向けに書いたもの。

言われてみれば思い当たるような、
日本人と文字の関係の複雑さ・・・ではあるのです。

本書の終章の筆者の言葉を引用しますと。

 漢字は、日本語にとってやっかいな重荷である。それも、からだに癒着してしまった重荷である。もともと日本語の体質にあわないのだから、いつまでたってもしっくりしない。
 しかし、この重荷を切除すれば日本語は幼児化する。へたをすれば死ぬ。
 この、からだに癒着した重荷は、日本語に害をなすこと多かったが、しかし日本語は、これなしにはやってゆけないこともたしかである。腐れ縁である。

漢字を撤廃しよう、という運動もあったのですよね。
そりゃ、無茶ってもんでしょう。

冒頭の方に出てくる例ですが。

「かていの問題」という発言を。
「過程の問題」ととるか。
「家庭の問題」ととるか。
エラい違いですよ・・・事件になります。

この場合、耳だけで見分けるのは不可能で。
前後の文脈から、頭は「漢字」に変換します。
思考に「漢字」が入り込んでいるんですね。

漢字って、そもそも私たちにとってナニだろう?
普段、考えてもいなかったな・・・

私自身は、単純に漢字が好きです。
その理由も、ひらがなより上手く書けるという笑えるもの。
丸いものより四角いものが好きなんですよ。
線がいっぱい交差しているというのも好きな要素。

私の眼には、ひらがなよりも漢字が心地よいのです。
じゃあ漢語はどうなの?というと、見るには好きですが読めない。

ひらがなで書けるものは、ひらがなで書くべきと著者は言いますが。
私は漢字で書けるものは、出来る限り漢字で書く傾向にあります。

漢字の方が、書くのは時間はかかりますが。
瞬時に意味がわかるのは漢字の方です。
ひらがなで書かれていたら、頭で漢字に変換するわけで、
そのひと手間が加わることで、読むスピードが落ちます。

え? 早く読みたいから漢字が必要?
う・・・それは否めないかも。

勿論、読めないような漢字がぎっしりならむしろ遅くなる。
あと、視覚が重苦しくなりますよね。
漢字とひらがなのバランスは結局個人の好みの問題と思う。

書き手が好きなように書けばいいんじゃないでしょうか。
読む側が読みにくいと思えば、読まないだけです。

趣味や芸術の場面はそれで済むけれど。
公的な文書や教育となると方針、指針は必要ですよね。
そこのところは、流れにまかせて適当過ぎたのかもしれない。

ただ、言葉も文字も統制するものではないと思うので。
時代の流れで変わっていくに任せてもいい気もするのです。

かく言う私も、言葉の使い方の変化で嫌いなものもあります。
どちらかというと、ひらがなの多用を好みません。

「漢字で書け!そこは漢字だろ!」と突っ込む方が多いです。

カタカナで書けるものをわざわざ漢字で書くのはやり過ぎですが。
漢字好きの私は、それも面白がってしまう傾向があります。

読めない漢字は(ほぼ)無い、と豪語する私ですが。
読めない漢字に出会ったからといって、凹みません。
その漢字を自分の辞書に加え、いそいそと使う機会を待ちます。

結果、気持ち悪いほど文章が漢字だらけに・・・

反省して、今は漢字は減らしていってます。
紙面が重くなり過ぎるのが気になるので。
それでも、高島氏の文章のひらがなの多さは私には脅威的。

「ちがい」とか「たいら」と書かれると。
「違い」「平ら」と変換しながら読まねばなりません。
「となえ」も「唱え」と書いて欲しいと感じます。
「見かた」も「見方」の方がしっくり来ます。

私には、ひらがなの多い文章は読みにくいのです。
もう、これはこの歳になってから変えることは不可能。

ですので。
知らぬことや考えたことのなかったことを知り。
わくわくと啓蒙される内容であった本書ですが。

Q「だから、じゃあ、これから、どうするの?」
A「え、別に今までどおり成り行き任せでしょ」

あ。著者は漢字を不要と唱えてるわけではありません。
彼なりの基準で必要な漢字と不要な漢字を述べています。

教育がこの問題を中途半端に扱ったことへの怒りには私も賛同。
ただ、私は学校以外のところで漢字は学びましたから。
政府の教育通りに漢字を使っているわけではありません。

あ。当用漢字、常用漢字の問題はありますね。
もともとの漢字から遠ざかってしまっている漢字とか。

ここも・・・目くじら立てても仕方ないと思ってしまう。
難しい昔の漢字を書きたければ書けばいいし。
書けない人は書かないでもいいんじゃないかと。

「正しい」「正しくない」ということは気にならないです。
「不自由」ということも別にマイナスと思いません。

日本語の体質に漢字があっていないとしても。
その合わないものを使いこなすことが無駄でもない。
そこで「工夫」を重ねたことが日本語にプラスになったかも。

眼に語りかけてくる「形」を持っている漢字は。
私にとっては心地の良いものなのです。

(2017.5.2)
ずっと漢字で書いていたのをやめた例は私もありまして。
「無い」は「ない」と書くことが増えましたし。
「書く事」「読む事」とは書かなくなりました。
「良い」というのも場合によりますね。
何しろ言葉の問題は、難しい顔をして理屈で悩むより。
面白がって、自分なりに工夫してみる方が良さそうです。
しかし。漢字について無自覚過ぎたとこっそり反省も。
でも結局、著者と違い、私はこの問題に真剣になれない性分みたい。
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時のしずく  中井久夫

4622071223

みすず書房
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好きすぎる、この本。

付箋70枚。
もう、この本は買うべきである。

中井先生の考え方、文章、行動。
ため息しかでないくらい、憧れる。

氏のエッセイは、決して軽くない。
題材がそもそも、重い。
彼が身を置いている環境が重い。

なのに。
読んでいて、ほんとうに心が安らぐ。
このように考え、書ける人がいるということ。

穏やかな表情の奥の鋭い知性。

痒いところに手が届く、というよりも。
さらにもっと深い感じの「あ、そこ!」

たぶん。凡人なら数歩前で止まる。
才ある人でも、一歩届かない。

中井先生は「わかるんだな」と。
ああ、そのことが、ちゃんと「わかるんだ」と。

随所で泣きたくなるほど感動してしまう。

自分では言い表せずにいたことを代弁してくれている。
嬉しいし、ほんの少し悔しい。でも、圧倒的に嬉しい。

厳しいことを飾らない美しい言葉で書く。
その厳しさが途方もなく優しい。

(2017.5.3)
私の読書生活の中でも。
トップクラスの事件と言えるのは。
中井久夫という精神科医の文章に出会えたことです。
何が好きかというと。「知」と「情」のバランスの良さ。
いえ、どちらにも秀で過ぎている超人的な頭脳?
何より、私はこの人の文章が好きです。

座右の名文  高島俊男

4166605704
文春新書

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「座右の名文」・・・遠い憧れ。

「ぼくの好きな十人の文章家」と副題にあります。

その十人とは。

新井白石
本居宣長
森鴎外
内藤湖南
夏目漱石
幸田露伴
津田左右吉
柳田國男
寺田寅彦
斎藤茂吉

うわぁ。5人しか読んでない!!
(森鴎外・夏目漱石・幸田露伴・柳田國男・寺田寅彦)

しかも好きかっていうと・・・
寺田寅彦と幸田露伴だけかな。
この二人も好きという割にはあまり読んでないし。

ひとことで言うと。
この方々の文章、現代人には読むのがしんどい気がする。

私は読むことに不自由しないと自負していますが。
読書の入り口が翻訳の児童文学だったせいでしょうか。
日本人の書いたものが苦手(おい!)な傾向にあります。

ま、原文で読んでないんで。
翻訳家が日本人ですし、日本人が書いてるとも言える。

ですから・・・日本人的な思考がダメってことか?
それって私の日本人としてのアイデンティティの危機?

などと、ふざけた脱線はこの辺にして。

本書はこの十人を手放しで褒めていないのが面白い。
幸田露伴など「一番駄作の多いのが露伴である」とひどい言われ様。

「文章の性格と著者の好みの相性の問題」とも書いている。

そう。べつに名文家を紹介しているわけではない。
著者にとっての「名文」を書いた人物を紹介しているのだ。

注目すべきはこの十人はみな学者であるということ。
高島氏、いわく。

いつの時代でも、学問の根底ある人の書いたものはおもしろい。よほどの天才は別にして、学問のない者の文章は底が浅くてあきがくる。

この後、なぜ学者の書いたものが面白いかの説明がありますが。
カンタンに要約しますと。

この方面のことなら知悉しているという自信が生む落ち着き、
どの方面を専攻したにせよ、ものごとの考え方を身につけている、
下等なことに興味を持たない・・・などの理由もあるだろうが。
文章を書き始める以前に相当長期の研鑽をつんでいることが大きい。

・・・っていうようなところですね、ハイ。

私も現代の好きな文章はこのパターンに当てはまります。
ええ・・・だから・・・要は、私には上記十人の文章は・・・
端的に言うと、「古い」んですね。

古びない文章ということは言われますけれど。
古典の勉強をしなかった人間には鴎外の文章は理解できません。
(私、古典の授業大嫌いでサボりまくってました)

不思議と、幸田露伴の「五重塔」はわかります。
いや。これはね、もの凄く、面白いし、衝撃を受けるかと。
大昔に読んだ時の私の感想は。
「凄い凄い凄い凄い凄いゾー」ですからね。

(未読の方はぜひ、読んで。後悔しません。たぶん)

ですが。著者は幸田露伴の「句」を中心に紹介。
あと、ものしり博士的な扱いですね。
とにかく、博学な人だったらしい。

読み進んで行くと。タイトルに偽りありというか。
「名文」が紹介されないんですよね・・・
もしくは、私には「名文」に見えて来ない。

著者の好みと私の好みがかけ離れているんですね。
あと、文章に対しての興味の持ち方も違うかな。

高島氏は、書き手の境遇や来歴に大変、関心をお持ちです。
確かに、面白いエピソードはあるのですが。

私は基本的に、著者の人物像に興味を持ちません。
これこれの背景があって、この文章が生まれたってところ。
なぜか、あまり知りたいと思わないんです。

おかげで。
紹介されていた作家を読んでみようとか。
紹介されていた本を読んでみようという気が起きず。

通常、この手の本を読むと。
読みたい本リストに30冊くらい追加されるものなのに・・・

そもそも高島氏が絶賛している柳田國男の「遠野物語」が大の苦手。
そこからも察せられるのですが。
苦手臭のプンプンする本がズラズラ並びます。

私。漱石の良さもイマイチわからない人です。
神格化されるほど凄い才能だと感じないのです。

自分の文学的素養が欠落してるのかと悩んだりもしますが。
ま、結局、単純に好みに合わないんでしょうね。
漱石を読むと、胃が弱い人の書きそうな文章だなと思います。

(あ、私も胃が弱いんだったわ)

「一番ツブがそろっていて、まず駄作というもののない」
・・・と、著者が評する寺田寅彦は例外的に好きです。

そうだな。寺田寅彦を再読しよう。
随筆集を全巻揃えよう(飛び飛びにしてか持ってない)。

あと。読まず嫌いしないという方針を復活させて。
斎藤茂吉(高島氏イチオシ)を読んでみよう。

この本自体は、なんだかんだ面白いんですよね。
個人的には森鴎外を紹介した章が好きです。
なんか、切ないな・・・鴎外の人生。

でも。白状しますと。
いちばん面白かったのは「あとがき」で。
この本がいかにして生まれたかというエピソードに。
とある女性への「お疲れ様」の気持ちが溢れて洪水になりました。

(2017.5.4)
知り合いから頂いた本です。面白かったです。
自分の読書の好みの偏りを炙り出されたのが、特に。
しかし、私の「座右の名文」は何だろう?
このタイトルで書けと言われても、今のとこ書けそうにない。

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人魚の涙 天使の翼  フランチェスカ・リア・ブロック

4072364126

主婦の友社
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自分を愛せない少女に贈る物語。

何しろ少女の気持ちはだいぶ失っているから。
読んでいると「取り残される」感じがする。

主人公の少女の痛々しさに。
どのくらい共感出来るかで印象は変わるでしょう。

どちらにしても。
私は少女の環境も、その中での彼女の見の処し方も。
どんなに美しく描いても、哀し過ぎて好きではない。

きっと。
この物語が自分のために描かれたように感じられる、
そんな時期もあったのかもしれないな・・・とは思う。

読者をたいへん、限定するタイプの小説です。
カルト的な人気がある、というのは頷けます。

著者の他の作品が
「女の子のためのナイン・ストーリーズ」と呼ばれている、と。
それは何となく、うっすらとわかるような気がする。

でもそもそも、アメリカのローティーンの現実というのは。
セックス、ドラッグ、大量のポップ&サブカル。
今や日本も似たような現実なのかもしれないけど・・・

なんか、しんどいね。
そういう現実を生きている少女を見ているのは。
「読む」という形で疑似体験するだけでも疲れる。
とても、とても、とても・・・

そういえば。
私はサリンジャーの「ナイン・ストーリーズ」を。
それこそ擦り切れるくらい繰り返し読んだのだけれど。
ある時、ふっと。読めなくなってしまったのだった。

人は若い時の、ほんのわずかな限られた時期に。
呪いなのか恩寵なのか、純度の高い絶望に捉われる。

ある種の絶望は、才能に等しい。
もしくは、その絶望を失わないことが才能なのだ。

目出たくそれを失った時には。
もう二度と、思い出したいとは思わないだろう。

それは、その絶望を追体験したくないからというよりも。
その絶望と別れるため失ったものを確認したくないから。

(2017.5.1)
  

プロフィール

Author:彩月氷香

とにかく本が好き
読書感想がメインですが
時々、写真や雑記も。

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*ブログタイトルの由来

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