『「伝える」ことと「伝わる」こと』中井久夫
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中井久夫氏のファンなら必読。
最初。これは選び間違った、と思いました。
自分でもどうかと思うぐらい心酔している中井先生ですが。
がっつり精神医学の話をされますと・・・
正直、ちょっと、しんどい。
というのも。精神病患者の話を読んでいると。
私自身がいかに、それに近いかということを実感するので。
会話や絵画についての話も面白い。
突飛ではないのにありふれていない思考。
読者を驚かせるような、飛躍した、鋭い指摘や論はなく。
しかし静かに、深く、ずしんと響いてくる発見や驚きがある。
ああ、そうだ。そうだった。
私も確かにそれを知っている、と思える。
懐かしい感じだけれど。ずっと会えていなかったものだ。
未知の旧友、という表現が似合うような。
いつも。
この人は「優しい」と思い。
そこに何度も「本物の」と付け加えたくなる。
この優しさはちっとも「甘く」ない。
けれど「厳しく」もない。
聡明な優しさというのだろうか。
甘さも厳しさも人を救うことはあるけれど。
中井氏の「聡明さ」は貴重だ。
自分を「外」から見直す視点をいつも提示してくれる。
たぶん、それが救いになるのだ。癒されるのだ。
と言いつつも数行ごとに「ああ」「うう」と唸り、
付箋を挟むことをやめられないわけですが・・・
患者に対して氏が語ることは。
不思議なくらいに普遍的で、広く活用できる知恵だ。
作業療法は、多少いやいやながらやる、ということに意味があると筆者は思う。「働く」ということは、現実が課するものがみなそうであるように、多少とも「止むを得ず」「しょうがないから」することである。作業療法を面白くてたまらないようにしなければならないと考える必要は毛頭ない。「あまり面白くないことをやる」能力は、人間のもっとも成熟した(オトナになった)証拠とさえいって良い。
病気に人の場合は心身の警報が弱いか無視する修正が身についた人だということができるかもしれない。このマイナスを本人や周囲が「がんばれる人」とプラス評価してしまうことも問題だ。
とにかく。
氏の観察力、洞察力の、鋭さと穏やかさが両立しているところが好き。
妄想が患者を救っている一面に触れていたりする。
ここは、痺れました。痛いほど、わかる。
これが妄想の困ったところで、妄想を手放させるのは、溺れる者にそのすがっている板を離させるのに等しい。妄想はかさぶたのように自然に要らなくなって落ちるのでなければならない。さもなくば妄想は精神の寄生体のように、いつまでも持主から離れない。
禁煙についての話も面白い。
ご自身の経験から書いていて、しかも独善的でない。
詳細な記述とアドバイスである。
先生の「看護とは何か」の考え方も好きだ。
ひとことでいえば、一歩も二歩も深く、細やかなのだ。
そして、看護について語っても、
全ての職種に通じる「真髄」を語っている。
医療では、ずいぶん患者に無理を強いる。実は獣医学のほうがずっと、相手である動物の意志を尊重している。それは、動物にがまんをさせるということがむずかしいからである。とらえられただけでハンガー・ストライキをして死ぬ動物も多い。食べ物が違うとか、寝床が違うだけで、拒絶反応をするペットも多い。だから獣医さんたちは徹底的に動物のほうに自分を合わせる。獣医さんたちには、動物の気持を察するためにたいへんこまやかな心のアンテナを持っておられる方が多い。看護学は、現状では、人間を相手にしている医師よりも、動物を相手にしている獣医のほうから学ぶところが大きいとさえ私は思う。
磯崎新氏との対談も良かった。
氏の神戸愛が溢れているのが何だか微笑ましい。
そして、専門外のことにも造型が深いことに感嘆。
ここで「額縁」について語るのが印象的。
そうだ。「額縁」は必要なんだ。
(詳細は省きます。すごくいい話なんだけど)
対談のしめくくりの言葉も、明言。
都市も建築もあるいは人も生き物も、すべては、この時間がしみこむということなしには、つくられない。
「私の日本語作法」という章は必読(ファンとしては)。
氏の書き方が思いのほか、システマチックだ。
驚いたことに、私と似ているところも結構あった。
(でも・・・でも・・・出来上がりが違い過ぎる)
「翻訳に日本語らしさを出すには」の章も必読。
いや。隅々まで、必読。ああ。ため息しか出ない・・・
(2017.11.10)
またしても。「買わねばならぬ」この本は。
挟んだ付箋を剥がして数えたところ、82枚。
著者に。もっと若い頃に出会いたかったな。
辛かった日々をどれほど、救われたことだろう。
しかし「救われなかった日々」が私の財産とも言えるかな。
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