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とうとう記事のストックが切れました。

ずっと。ほぼ、記事は予約投稿しておりました。
多少手を加えたり、投稿日の設定をしたりで。
管理画面はたまに覗いていましたが・・・

今日、大量にあった記事のストックが底をつきました。

去年に読み終えていて。
感想を書いてない本はまだまだあるのですが。
ええ。80冊は軽くありますね。

なのですけれど。
ここ数ヶ月、それらの感想は一つも書いてません。
書く気がそもそも、起きない。
時間もない。

いや。時間がないというのは。
ここ数年の私の口癖ですが、真実とは言い切れない。

過去に何度か発言しておりますが。
もともと、このブログを始めたきっかけは。
「時間があり過ぎる」からでした。

現代人の尺度から言うとあり得ないくらいに。
私は時間が有り余っていました。

本を読む暇も、その感想をじっくり書く暇も。
それどころか、ブログデザインに凝る暇も。
日々の考え事を延々と書き付ける暇も。
さらに、そんな時間を過ごす自分に悩む暇もありました。

ある事件により転職を余儀なくされ。
その後、余暇は半滅しました。私の感覚では全滅に近い。
それでも。実はまだ物凄く少ないとは言えません。

父が亡くなってから。
また自分の時間は減りました。
それでも。無になったわけでもありません。

時間の使い方の優先順位の問題でしょう。
余暇を読書とブログに割くことを最優先するならば。
まだ。時間はあるとは言えると思います。

心が読書に向かない状態にも陥りましたが。
そこからはどうやら抜け出したようです。

ゆっくりと考えてみると。
もともと。私は本を読むことはずっと幼い頃から好きでした。
疑うまでもなく、何より好きなことが読書でした。
だから。人が吃驚するくらいたくさん読めたのです。
好きなことだから。とてもとても好きなことだから。

本だけ読んで暮らせたらいいのにといつも考えていました。

でも。本を読むこと自体が好きでも。
読後の余韻に苦しむことはありました。
「思い」だか「思考」だか「悩み」が積もる。

それは読む本の種類によるのです。
だから読んでしんどくなる本は読まないと言う人もいますね。
現実だけで十分しんどいのだから、って。

だけど。多分。私と同様の人もたくさんいると思いますが。
そんな「しんどさ」を生み出す本が、なんだかんだ好きなんです。

その「好き」は「わーいいなー。るんるん」では当然なくて。
読んでいる途中から、読み終えた後しばらく長い間。
ずしーん、どしーん、どよどよ・・・と心に居座る重いものです。

私が直面する勇気のないことに、著者が出会わせてくれた。
同じようなことを考えていたはずなのに押し殺してしまった私には。
耳が痛くもあり、眩しくもあり、悲しくもあり、悔しくもある。
そして。嬉しい。励まされる。希望が湧いてくる。

まぁ。いつもそんな重量感たっぷりの読書ができるわけでも。
したいわけでもありませんけれど・・・

それに。確かに。そういう読書をするには。
時間と気力があり余ってるくらいでないと難しいです。

本を読むこと自体は習慣になってますから。
ついつい、さくっと読める本ばかりに手を伸ばすことになります。
軽く読める本も、それはそれで好きですが。
そればっかりは本当は物足りない。

そもそも。私が読書感想を誰に頼まれたでもなく書き出したのは。
読んだ本の余韻を自分なりに消化したかったからでもあります。

となるとですね。
読後に頭の中と心の中が忙しくなるほどの衝撃がない限り。
別に感想を書きたくもならないわけです。

あるいは。感想を書きたいような本を読み終えても。
その感想を書くことも正直、楽ではないわけで。
書きたいといえば書きたいけど、まぁいいか、となるわけです。
疲れていたり、時間が不足しているとそうなりますね。

若い時は。疲れてようが時間がなかろうが。
自分の「したい」気持ちが勝ったのです。

早い話が。今は若さはないし、時間もないし。

で。感想を書きたくなる本を読むとですね。
書きたいのに書かない自分を歯がゆく思わねばならない。
なので勢い、そうなりそうな本を避けることになる。
結果。本当に読みたい本を読まなくなっていく。

ヘンだ。絶対、変だ。おかしい。間違ってる。

本を読むのは私の一番、好きなことで。得意なことで。
それに付随して本の感想を書くことも趣味みたいなもので。

なのに。
「もう別にいいか。本なんて読まなくても」
「読みたい本だったけど。読み始めたら疲れた。やめよ」
「私、別に本なんか読まなくても生きていけるかもしれない」
「本読んでる暇があったら他にしなきゃならないことあるし」
・・・と。

どんどん読書時間が生活から消えていくのです。

で。過去には読書に充てられていた余暇が。
一体、どんなことに使われているのかといえば。
主に「画面」を眺めている。テレビ、スマホ、パソコン。

本を読む元気はないんだよね、と私のアタマは言い訳します。
それに本を読むのって目が疲れるし、神経が疲れるし、と。

私の意識は四六時中「だって疲れてる」と、のたまう。
「疲れ」を理由にすれば全て許される免罪符みたいになってる。

実際、疲れているのは確かなんです。
それが証拠に次々とストレスと疲労が原因の病気にかかる。
まぁ。病気の話はやめておきましょう。

ともかく。
前からわかっていたXデーが来てしまった。
その日までに進退を決められるつもりだったのに。
何の決意も覚悟も展望もなく、迎えてしまった。

不思議なのは。
続けるつもりはあったということで。
記事が自然と湧き出てくるとでも思ってたのかしら、私。

とりあえず。
報告のためにこちらに顔を出してみました。

ええ。つい先日。
「それでも本だけは読もう」と固く決意したのです。
でも。それは「本の感想を書き続けよう」には繋がっていない。

読んだ本すべての記録を残すというこだわりも。
もう、放棄してしまってもいいかとも考えています。

妙な具合に生真面目な私は。
読み終えた本のタイトルだけは、もう入力してあったりするので。
せっかくだからと、感想をなんとか書こうとする可能性は高いです。

そして。いったん書き出してみれば。
なんとか書けちゃったり、書くのが楽しくなってきたりする。
そういう性格だというのもわかっているわけですが。

ああ。私。「ですが」「けれど」を連発しすぎ!

だけど。だけど。だけど・・・の先にあるものは。
「もう辞めたい」「辞めてもいいかな」なのだろうか。
9年、続けてきましたけれど。店じまいの潮時かもしれない。

「かもしれない」も多いな。言い切れないのは悪い癖。

確信がない。決め手がない。
辞めてもいいような、辞めなくてもいいような。
それは生活というか人生のありとあらゆる面に当てはまる。

辞めないか続けるか悩んでいることが数えきれずある。

したいようにしたらいいと思うけれど。
それはきっと。昔からずっと怖かったのだ。
したいことより、したくないことが多かったんじゃなかろうか。
したくないことをなるべくやらないというので精一杯で。

それに私の「したいこと」は全般にあまり楽なことではなくて。
「やりたいけれどやるのはしんどい」と感じている。

そうですね。確約はしないけれど(読者さまにも自分に対しても)。
タイトルを入力した分、つまり昨年読んだ分は記事を書きます。
三行くらいの感想とも言えない感想になったとしても。

今年の分も実は結構タイトルを入力済みだったりするので。
それもなんとか感想は書きます。

その後は。
月々に読んだ本の一覧(今月読んだ本)だけは作成して。
そのうち、感想をどうしても書きたいと思う本だけ書きます。
おそらく、そんなに無いだろうと予測します。

手芸本、雑誌の類は読んだ本にカウントするのを辞めます。

なんか。淋しくなるな。自分で宣言しつつ思う。
けれど。実質。読んだ本すべての感想を書くという姿勢は。
読んでから書くまでに一年近くタイムラグが生じている現実を見れば。
すでに「不可能」の域に達しているのだ。

無理なことはやめるしかない。
他にも私の生活の中で無理になってしまったことがいっぱいある。
それを切り捨てていかねばならない。

私にとっては勇気の要ることだけれど。
無理してでも今まで出来たことを守り続けたいのが本音だけれど。

頑張るべきでないことを頑張っていると気づき始めてもいる。
頑張らないでいいことはもう、金輪際頑張らない。
その気持ちを強く持たねば、この先、生きていけない。

最初から。ずっと決意していることは一つ。
ブログをやめるときも自然消滅だけはしません。
今日でおしまい、と決めてやめます。

これだけは。
「かもしれない」とか「できれば」とは言いません。
宣言してやめることに何の意味があるのかと言われそうだけれど。
お別れの挨拶、締めくくりの挨拶だけはしたいのです。

この話をするのも、何度目でしょう。
となると、やはり辞めない可能性の方が高い気もします。

長くなりました。
何も結論は出ていませんが。
明日からは本を読むことを優先しながら。
もしブログを書きたい気持ちになったら書こうと思います。

気持ちか状況に変化があったら。ご報告にまた顔を出します。
では、ひとまずこれにて。
ここまでお読み下さって、ありがとうございました。

今月のテーマが一応あります。

去年の読書感想が結構溜まっていたので。
月ごとに「テーマ」を決めるという遊びを思いつきました。
まるまる一ヶ月、あるテーマに沿った本ばかりを並べる、という。

で。今月は「ミステリ」。
読んだ本の中からミステリばかり集めてみました。
本当は。「海外ミステリ」の予定でした。
でも。足りなくて。国内ミステリも加えました。

もっと言うと。
国内ミステリ月間も作ろうとしたのですが。
そんなに国内ミステリは読んでいないことが判明。

ジャンル分けすると。一ヶ月分埋めるのは案外難しく。
「ペン字本月間」とか「手芸本月間」とか「雑誌月間」とか。
なんか読者さん離れを起こしそうな気がして断念しました。

つまりですね。
この「月間テーマ」は今月限りです。

しかも。選び抜いたミステリとかそういうんじゃありません。
去年、たまたま読んだものなので。なぜか上下巻ものが多い。

この企画を成功させるには。
何年分か、読書記録を溜めてからじゃないと無理ですね。
もしくは。昔の読書感想を引っ張り出すか。

英国文学月間
本棚紹介本月間
旅行記月間
美味しい食べ物紹介月間
哲学月間
家族愛月間
歴史文学月間

とか。考えてると楽しいのですが。
それほど、あるテーマばかりを読むことは最近なくて。
昔だったら、それこそ。

SF月間
日本文学月間
南米文学月間
児童文学月間
絵本月間
俳句月間
詩集月間
科学本月間

などなど、いくらでもやれたに違いないんですけれども。

あ。著者でもイケるかな?
でも。一人の作家で30冊となると案外難しいか。

考えてるとなんか楽しいな。
ま。やれないことを考えても仕方ないか。

と言うわけで。私のただの妄想でした。
うん。残念。本当はあと三ヶ月くらい、やるつもりだったの。
幻の企画になってしまいました・・・

祝う気持ちにはなれないままに。

当ブログも、9周年を迎えました。
私も、かなり老人に近づいてきました。

ご存知ない方のために補足しますと。
当ブログは管理人の誕生日にスタートしておりますゆえ。
今日は、誕生日が重なる日なのです。

先月に父が急逝して以来。
本はあまり読めていません。
読む気も起きないというより、読む時間がありません。
この時間不足は一過性のものではないと思います。

書きそびれている過去の読書の記録も。
ただの一冊分も書けてはいません。

どうなるんでしょうね。これから。
今のところ、それどころじゃないのが本当のところ。

その割には更新はせっせとしておりますが。
これは溜まりに溜まった過去の読書感想を放出してるだけ。

もっと小出しにすれば、寿命が延びるかもと思いつつ。
記事が切れた時が決断の時、というつもりでいます。

本は読み続けるのだろうか。
読むとしたら何を読むつもりだろうか。

今までの半分しか読めないとしたら。
読む本を絞るしかありません。
いずれはそうなるのだろうとも思います。

まだ。でも。何もかもが。
ひたすらに精一杯で。
頭の整理が追いついてきません。

今は。模索しながら。
新たな生活のペースを創っている最中です。

時間がかかりそうです。

予定は未定。
先の展望とか、希望もゼロ。

あ。別に暗い気持ちで言っているわけではありません。
そういう段階ではない、っていう事実を述べてるだけ。
投げやりなわけでもなく、それ以前に問題が山積みすぎるだけ。

片付けなければならぬ問題たちに。
うんざりしてるとか、気が重いとか、そういうのもありません。
妙にそこのところは冷静で落ち着いているのです。

やらなきゃいけないことは。順番にやるしかない。
やり続けていれば、いつか終わる。

それらが終わってみないと。
私は何かを考え始めることはできないのかもしれません。
終わった時には。一体、何が起こるんだろう。
私は、どこにいるんだろう。

それまでは。
それでも時々、本を読み。
もしも書けるようなら感想を書き。

それ以外にも。
ずっと、当然のようにやってきて。
今では手につかなくなった多くのことのうち。
再開できるものは再開し。辞めるものはすっぱり辞め。

そうだな。
大きな大きな片付けの期間なのかな。

このブログも「片付ける」対象になるのかどうかの決断は。
当分、先送りになりそうです。

キリが良いのが好きな私のことだから。
せっかくだから10周年は迎えたい、とか言い出すのかな。

わからないな。
何のイメージも。願望も。湧いては来ないな。

ただ。思えば。
読書が好きなだけできるって。
とてつもなく贅沢な暮らしでしたね。

いや。もっと読みたいっていつも思っていたけれど。
今となっては。どんだけ欲張るつもりなんだって話。

でも。失って哀しいとは全然思わないんです。
今まで出来ていて、今できなくなった全てのことを。
私が失って哀しいのは、父の存在だけなのです。

ほんとうに大切なものなんて。そうそうあるものじゃない。
今ある生活を失うこともそれほど大きいことには思えません。
というよりも。父が亡くなった時、生活はもう壊れたんです。

自分でも驚くくらい。
自分の時間と呼べるものがない生活を。
今、不満にも不自由にも思わず暮らしています。

いや。ほんの少しは「ある」。ちゃんと。自分の時間も。
それこそ。「隙間」に発生するだけだけれど。
なぜだろう。それで十分だと感じられる。
だから。不幸だとは思わない。

単純に。数値換算的に考えれば。
あらゆる面で「貧しく」なった私の生活を。
それでも。自分なりに「豊かに」していきたい。

それができる、と信じていられることが。
私を支えているのだと思います。

簡単に言えば「足るを知る」を促進中ということです。
そもそも父が「足るを知る」の達人のような人でした。
そのことを思い出すと。どんな時も心の波は鎮まるのです。

物や状況を改善することで豊かさを目指していない。
何もかもが客観的にはマイナスになったとしても。
私の心の中ではプラスにしていこう、していける、と。

行動が無意味なわけでもなく。
動いて変えていける部分もあると思いますが。
まずは。自分の心の持ち方から変えていこう、と。

まぁ。別に。そこのところを頑張ってもいないのですが。

長くなりました。
相変わらず、何を言ってるんだかわからない文章ですみません。
訪れてくださる皆様に心より感謝して、おしまいに致します。

以下、今までの「誕生日記念記事」のリンクです。
未読かつ、ご興味のある方、かつ暇のある方はどうぞ。


2011年(1周年)「ダブル・バースデー その2~ブログ一周年」
2012年(2周年)「そして月日は巡る」
2013年(3周年)「気づけば、ブログ3周年」 
2014年(4周年)「ぶつくさ言いながら、4周年」
2015年(5周年)「とうとう5周年。ありがとうございます。」
2016年(6周年)「あ。そういえば誕生日だった・・・」
2017年(7周年)「続けて行く決意。」
2018年(8周年)「まだ定かならぬ決意とともに。」

たまには、今月の抱負など。

何かと、予定が狂いまくる日々を送っております。
ブログはまぁまぁボチボチ更新できていますが。
読んだけれど感想を書けていない本は、
相変わらず数えたくもないくらいの冊数です。

追いつくことはいったん、諦めます。
年内には無理と見切りを付けました。
来年の前半に追いつく予定にしています。

ここしばらく頻繁に登場している「私の本棚」シリーズ。
こちらは今月中で終了します。
当初の目論みどおり、積読本の全記録として完結させて。
来年からは、その山を崩しにかかります。

2月くらいには。古本市へ行きたいのです。
それには本を読み減らさないと。
本を買っても床に積み上げるしかありません。

読んだら減るという保証もそもそもないわけです。
しかし、読めば手放せる本もあると推測しています。
残念ながら。繰り返し読みたい本ばかりではないでしょう。

つまり「私の本棚」シリーズはこれから読む本の予告。
来年中にできれば全て読破するつもりです。

と言っても。
読んだ本の感想がすぐにブログに登場することはありません。
半年くらいは、前年(今年)の読書記録が続きそうです。

記事がかなり溜まっておりますので。
ちょっとした遊びも考えています。

月毎にあるテーマに添った本の感想ばかり並べるとか。
本を読んだ時系列は無視して、編集してみようかなと。

確実に「海外ミステリ月間」は実現すると思いますし。
「本に関する本」というテーマも考えています。

「手芸本ばっかり」も可能ですが。
それは……読書層が限定され過ぎるので辞めておこうかな。

で。今月は。とにかく「本棚」の紹介を急ぎますので。
一日おきに本棚記事になる可能性が大です。
取り上げる本も「わざわざ感想書かなくても」な本が多いかも。
「年内に片づけておきたい」という気持ちが優先された内容。
それに関しては予め、お断りとお詫びを申し上げます。

その代わり、毎日休まずに更新します。
毎日更新するスタイルに戻す計画はだいぶ以前からありまして。
ただ、来年の元旦から始めるつもりでした。

なんだか色々と調整がうまくいかなくて。
今月から慣らし運転がてらスタートすることにしました。

初め、定休日を設けることも考え。
なにしろA型気質ゆえに。毎週月曜とするか、隔週休みか、
そもそも曜日は何曜日がいいか、それとも日を決めるか、と。
悩みに悩んで疲れ果て……

定休日なしがシンプルでいいわ、と。
最悪、ダメな日は休むのでもいいや、と。

お気づきの方がいたかどうか。
今年も、定休日は秘かに決めておりました。

2、4、8、10、12、14、18、22、24、28、30。

えーとですね。
週一回休みでは少なく、二回では多い。
というよりも、曜日で休日を決めると月によって数が違う。

なので、数字で決めたわけですね。
初め、偶数日を休みにしようと考えましたが。
それでは休みが多くなり過ぎる。

なので、6は除外としました。
記憶するために、語呂まで考えたんですよ。

「にしのやとう」=「西の野党」(24810)

あはははは。なんのこっちゃ。
「西の夜盗」でもいいですけどね。
どっちにしても、なんやソレ。

で。結局はこうと決めたものの守れず。
というのも更新日に更新出来ないことがちょくちょくあって。
休日振替ということをしょっちゅう行っていたのです。
最終的に、休日を定めた意味がなくなってしまいました。

守れないルールを作るのが昔から得意なのです。
さらに、それを発展させることもお手の物で。
徐々に休日数を減らしていくことまで計画していました。
ええ。来年は週一休みくらいから始めるつもりでした。

それが。ま。面倒になったんですね。
いきなり毎日更新というのも乱暴な気もしますが。
その方が余分な気苦労がなくなって楽にも思えます。

休日を定めようとしたのは、そもそも。
「休むべきだ」と思い込んだからでして。
本当に休みが必要かどうかは大いに疑問なのです。

ただ。毎日更新するための裏技や秘策は必要です。
そこのところまでは明かしません、今日のところは。
(そんな大した技でもないのに大袈裟な!)

もったいぶらず、簡単に幾つか挙げますと。
・定期的に更新する記事を決めておく
・溜めた感想は予約しておく
・いざとなったら読書感想以外の記事を出す

あ。ただ、これだけのことでしたね。

読者さまのためにというより。
自分がブログを更新しやすい環境づくりという感じかな。

ただ。楽することが目的ではなくて。
ペースを作るといいますか。流れに乗せるといいますか。
準備運動といいますか、助走といいますか。

もっと。どっしりした読書感想を書けるようになるための。
下地作りを一年かけてやろうというところです。

前々から言い続けている、「読む本の選択」というところも。
そろそろ腰をすえ、実行していきたいと思っています。

あまり大風呂敷広げると後が大変ですから。
今日からは毎日更新します、という宣言に留めましょう。

自分で自分にノルマを課すって。
案外、重荷ではなくて。むしろ支えになるんだよね。
もちろん、無茶な目標だと自己崩壊しちゃいますが。
少しだけ無理する、くらいだとむしろ心が楽になる。

「頑張らない」のもしんどいものですよ。
「頑張り過ぎ」もしんどいけれど。

「ちょっと頑張る」くらいが、楽しいと思います。
まぁねぇ。つい頑張り過ぎて。どっと疲れて。
反動で何もかも放り出す、なんてこともあり得るのですが。

だから。「頑張るけれど、頑張り過ぎない」が理想。

ブログに関して言えば。
毎日必ず更新はするけれど。
内容に関してはゆるい気持ちでいようかな、と。
あと。更新時間まで定めるのはやめておこうかな、と。

以上。
決意と言い訳が手を取り合って踊る「今月の抱負」でした。
(足が縺れて派手に転びそうな踊りっぷりであります)

桜とフォント

IMGP9958.jpg

ブログの部屋の額の中の絵を、桜シリーズに変えました。
額にちょうど収まるような桜の絵がなかなかなくて。
かなり、苦し紛れな感じのラインナップですが。

ところで。私。以前から気になっていたことがひとつ。
それはMacとWindowsのブログの見え方の違い。
フォントがね、まるっきり異なる表示になるんです。

このブログを始めた時はWindowsだったんですよ。
Macに乗り換えてみると。フォントが実に美しくて。
不便な点もありつつも、Macにして良かった!と思いました。

もともと。ブログの体裁は色々手を加えておりまして。
フォントサイズや、字間、字幅、自体、レイアウト、文字色など、
少しずつ少しずつ、無い知恵・知識を絞って変更してきました。

長い長ーいカテゴリ欄も。かつては折り畳みにしてみたり。
カレンダー表示も色々試しましたし。
タイトルのサイズや、書名と著者名との間のスペースまで、
ああでもない、こーでもないと試行錯誤して現在に至ります。

拍手機能やカウンターもつけたり外したり。
ブログランキングのバナーもつけたり、小型化したり。
(今はいずれも、とっぱらっております)

記事投稿の日付けも、もとは「on March 22.2018」
と、洒落た表記になっておりましたが。
わかりやすくシンプルにしたいということで、
「2018.03.21」というスタイルに変更。

細かくいえば03という表記も気に入らず、普通に3としたい。
どうも私の知識ではそれが不可能なのですが。

私の署名が記事ごとに入るようになっていたのも。
なんか、しつこいわーと、外しました。
トラックバックもほとんどしないので、表記を除外。

あ。やっと、だいたい落ち着いたな、と思ってました。

ですが。
久しぶりにWindowsのパソコンでブログを開いて、絶句。
う・・・読み辛い。目が疲れる!!!

原因はフォントですね。
Macでは標準搭載のヒラギノ角ゴシック体がWindowsにはない。
なので、書体がぜーんぜん、違うものになっている。
で、なんか、文字がぎゅうぎゅうで暑苦しい。

慌てて、違うフォントに変えてみたりしたんですが。
となると、こんどはMacで見た時に美しくない。
せっかく私の好きな字体で、按配よく表記するようにしたのに!

さて、Windowsか、Macか、どっちを優先するか?

散々悩みましたが。
私自身がきれいな画面を見たいということでMac向きの設定に。

ですが。たまーに。Windowsでひょっこり見るたびに。
世の中の大半の人はこっちを見てるんだなぁと哀しくなり。
仕方ないや、Windowsできれいに見える方にしよう、と変更し。

それでも、数日後には、Macで開くたびにキィーッとなって。
えーい。やっぱり私が気に入ってる方にする!!!と元に戻す。
この一人相撲が、いったい何回繰り返された事でしょうか。

忙しさにかまけて放置し、失念していたのですが。
近頃また、フォントの主張が目を覚ましました。

うううう・・・読みやすくしたい。
WindowsでもMacでも、キレイに表記する道があるはずだ。

なんか調べていじってみたら。
なんとかなりそうな気がしてきました。
ただ字体が変ると、字間や行間の見え方も変わる。

WindowsとMacを交互に眺めつつ、
どっちも程よい体裁にしようと奮闘しております。

そもそも、レイアウトの勉強したわけでもないので。
どのくらいが「程よい」のかは、よくわからない。

最近の流行は行間を大きくあけることなのかな。
確かにWEB上だと、その方が読みやすい気はする。
でも、文章を読む意識の上ではなんかパラパラする。
文章が短い時はいいんだけど、長くなると間延びするような。

いいお手本、ないかしら・・・と。
WEB漂流をするも。
なんか、あれもこれもバラバラなんですねー。

そういえば、デザインのプロの方が、
WEBデザインは素人が多いので、相当「ヒドイ」って言ってた。
いやいやいや、WEBじゃなくても、
パソコンで誰でもデザインできるようになってから紙でもダメ。

そもそもブログなんて、そういう知識がない人間がやってますしね。
素人の美的感覚で「目に快いレイアウト」を探すって無謀なのかも。

で。レイアウトの勉強のために初心者向けの本など読んでますが。
うー。フォントもレイアウトも奥が深過ぎる!

ま。ま。ま。
ぼちぼち、妥協点を見つけるべく模索してみます。

なので。当ブログの字体が、コロコロ変化するかもしれません。
(案外、気にしてるのは当人だけだったりしてと思いつつ・・・)


(追記)

冒頭の写真は、おかめ桜。
一度もみたことのない河津桜を見たいと調べたら。
車で行ける鶴見緑地(過去に花博を開催したところ)にある、と。

到着しても、河津桜の咲いている場所がわからない。
表記も案内もない。地図にも載ってない!
お掃除のオジさんに「たぶんあっち」と言われて、トコトコ。

わー。あった!
 
で。大喜びで写真を撮ったのが、この写真。
でもね。実は、これ「河津桜」でなく「おかめ桜」でした。

河津桜は、おかめ桜の隣に咲いてました。
でも。おかめも可愛いですね。こちらも初めましての桜。

  

プロフィール

Author:彩月氷香

とにかく本が好き
読書感想がメインですが
時々、写真や雑記も。

*初めましてのご挨拶
*ブログタイトルの由来

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