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夜のミッキー・マウス  谷川俊太郎

4101266220
新潮文庫
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「永瀬清子さんのちゃぶだい」と、
「闇の豊かさ」が好き。

まぁ、でも。
なんか、この詩集はまとまりがないな。

ていうか。極めて現代的な感じ。
さらさらっと読めてしまって。
だから掴めていない・・・

だけど。

表題作でもある「夜のミッキーマウス」のなかの
「ミッキーマウスが真実の鼠に帰る日」という一節に。
私たち人間もミッキーマウス化してるんだなと思う。

「陽気なほほえみから逃れて」とあるけれど。
私たちも。いつかは逃れるだろうか。

(2016.5.29)
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詞華断章  竹西寛子

4006021712
岩波現代文庫
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竹西さんの文章が美しいという評判で読んだのだけれど。どうもピンと来なかった。生真面目というのか、固いというのか、なんだろう。もう少し、緩みが欲しいなぁと。

ただ、私の日本語読解力が弱いのかもしれないなと思ったり・・・

うん。きれいな日本語と皆が口を揃えて言うからそうなのかもしれないのだけれど。やはり私にはあんまり良さがわからなかった。なぜか、心に響いてこなかった。

単純に。好みの問題なのかもしれない。そういう好き嫌いというものに、何か潜んでいる「私」の価値観、「私」の欠点、もしかしたら「私」の強み、があるのだろうという気もする。

それとも。ただ読んだタイミングが悪かった可能性というのも・・・捨て切れない。波長を合わせることが出来なかっただけ?

この疑問を検証するために。また、この方の著作に手を伸ばすことになりそうだ。

以下の文章は、好きです。でも内容はすごく共感するのだけれど、言葉は堅く感じるな・・・

私は、歌でも句でも小説でも、作品を濁らせないのを創作の大切な条件だと思っている。それは、清澄な素材を扱いさえすればいいということではない。たとえ汚濁の素材を扱っても、作品は澄んで仕上がるのを望ましく思っているということである。

 欲望の気ままな発散は、自由とは区別されるのが望ましい。
 型が生きるのは、型をばねにできるほどの内なる横溢がある時に限られよう。
 その内なる横溢が、表現のばねに自ら求めた型ならば、そこには豊かな自由が約束されているはずである。

あと。紹介された句のなかで好きなものも書き写しておきます。

われをつれて我影帰る月夜かな   山口素堂

淋しさの底ぬけて降るみぞれかな  芭蕉


(2016.3.3)

瑞穂の国うた  大岡 信

4101273316
新潮文庫
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『風姿花伝』には、「花」ということばが百四十回ほど使われているそうです。(中略)これはどういうことかというと、能を演ずるうえでの最も好ましいやり方や心構えを「花がある」というかたちであらわしているのです。その意味では花ということばは世阿弥のような天才的な人にとっても、生きる上での美学の中心にあったと言っていいわけです。そのほかに彼が大事にしたのは「新しさ」とか「珍しさ」などです。それらの意味を含みながら、いちばん本質的な守るべき価値を一言でいうと、それが「花」だったわけです。
 花というものにはパッと咲くときとパッと散るときとの両方があって、その両方は芭蕉風に言えば「不易」と「流行」の両面なのですが、それを一語で表しているところが花ということばが愛された理由だと思います。

現実には悲惨なことがあり、さまざまな災害が続いたはずですのに、詩歌にはそれがまったく反映されていないのです。日本の詩歌人ははじめから穏やかな麗しい日ざしを浴びていたわけではないにもかかわらず、彼らがつくり出すフィクションの世界では本当に円かな月が照っているような時代がずっと続いたように見えるのです。描かれたのが、大きなフィクション、すなわち現実から超越しているがゆえに、いつまでも現実を超えて長続きする体系になっているという、美観というものの一種の逆説がそこにあります。実際はひどい状態がたくさんあったのに、あとになって考えてみると、すべてそれは美意識の支配する麗しい世界の中に吸収されている——詩歌というものの救いは、そこにあるのかもしれません。

 時雨にしても木枯らしにしても秋から冬への時の移行とともにある現象ですから、季節は変動してもおかしくはないのに、それを木枯らしは冬の季語だ、あるいは時雨は冬だ、と決めるのは、だれかが作った歌や俳句が人々の心をとらえ、それが大勢の人に愛されることによって決まっていくという現象があるからです。それは、季節感というものが、ときどきは人間の理性によって決められてしまうこともあるということを意味しています。

 時間の経過を書くのは短歌であって、俳句は時間が経過したあとの一瞬をとらえるという違いが、やはりあるような気がします。このへんが短歌と俳句の違いの一つではないでしょうか。

 時間は流れるというけれど、時間はどこにあるわけでもなく、時間はそれぞれの人の心のなかにあるのです。しかもそれは、それぞれの人の衰えていく実感とともにあるわけで、盛んになっていく実感なんた、ほとんどの人にないでしょう。すべての人がおめでたく歳をとればとるほど、生命力のうえでいえば、どんどん衰えていくわけですから、そういうことをはっきり知るためにも、「時を刻む」という意識があったほうが、ないよりはいいのではないかな。
 (中略)だからといって、ただ単に直線的に素直に衰えていくのは実にくだらないと思う。そうではなくて、人間には生命ゆえの黄金時代とは別に、人生の「黄金時間」というものが流れていると思うのです。

「句歌で味わう十二か月 」と副題にあります。

大岡氏は「子規の全句(二万二千句あまり)を通読してみた」と、
さらっと言えちゃうくらいの人。

俳句はもともと好きですが、この本を読むともっと好きになる。
後半、偉大な俳人たちについた書いた章も読み応えがあります。

 彼の晩年は、実際の、生きている姿としたは悲惨です。ほとんど泣き叫んでいる晩年ですが、彼の文章を見ると、命というものが充溢しているのです。一方では生命の悲惨というものがあって、その悲惨の極致にいるわけですが、同時に生命の充溢の極致にもいて、悲惨と充溢というものがぴったりくっついているというところが、正岡子規という人のすばらしい、珍しいくらいの生き方ではないかという気がするのです。

 虚子の軌跡をたどってみると、ぴかぴかしたような新しさに対するたいへん厳しい拒否というものがあります。それは一面では古くさいものに見えます。しかし、いろいろな波がどんどん起こっては消え、消えては起こりして、最後に波が静かにおさまってみると、虚子の言ったことが重要な方針として、現代俳句の前に元通り、横たわっている、———そのことの意味は大きいと思います。それは五七五という短いことばのなかですべてを言わなければならないという俳句の宿命です。それをよくよく考えるということと、虚子の生き方を考えるということは、二つにして一つのものではないかと思うのです。


ああ。日本語って、やっぱり、いいな。
・・・そんな気持ちにさせてくれる本です。

(2016.1.10)
俳句を詠むというのは秘かな私の憧れの一つだったりします。

じぶんのための子守歌  工藤直子

456981140X

PHP研究所
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読んでから時間が経ち過ぎて。
内容が思い出せません・・・
以下、読後のツイッターでのつぶやき。

工藤直子「じぶんのための子守歌」読了。雨粒の向こうの虹を見ているような、ただ晴れやかなばかりではない、でも飛び切りキラキラしている、弾む言葉たち。その明るさが空々しくなく、でも回りをメゲさせるような別次元の輝きでもなく、どん底にいる時の私でも持っているかも、という身近に感じる光。 

「こころは ひとりごとで埋まっている」工藤直子さんの詩の一節。悩みだとか、苦しみだとか、見栄だとか、後悔だとか、迷いだとかで心は埋まっていると思いがちで。いえ、実際その通りなわけだけれど。それらをひとくくりに「ひとりごと」と言い表してしまうと、何だか少しホッとする。

「はい」と「いいえ」のあいだに 100万の 虹色の 答えがある・・・これも工藤直子さんの詩の一節。「はい」と「いいえ」を白黒で言い表して。その間は「灰色」と呼ぶのが通常だと思うのだけれど。そして白黒つけるのが苦手な私は「灰色」養護派だったりしたのだけれど。灰色でなく、虹色!素敵。


(2015.8.30)

はるかな国からやってきた  谷川俊太郎

4887470339

童話屋
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母に昔、私がプレゼントした本。
以前は、誕生日や母の日には本を贈る習わしでした。

ちょっと懐かしく。
拝借して、読みました。

読んでいて。
こころが静かに浮き立ってくるようです。

何気ない情景、何気ない言葉。
そこに、ポーンと投げ込まれる変化球。

言葉遣いの平易さの中の、
ハッとするようなきらめきに憧れます。

(2015.6.2)
谷川俊太郎さんの詩は。
いつ頃に書かれたものでも。
「青年」のイメージが強くあります。
「少年」ではないところが凄く好きです。

  

プロフィール

Author:彩月氷香

とにかく本が好き
読書感想がメインですが
時々、写真や雑記も。

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