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『清陰星雨』  中井久夫

4622048191
みすず書房
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3年ぶりの再読。

前回の感想はこちら。
→http://raffiner.blog70.fc2.com/blog-entry-2316.html

著者の本で初めて読んだのが、この随筆集。
読み終えてすぐ、また読みたいと思いました。

優しい語り口、何気ない言葉のなかの厳しさ。
凄い人だな、素敵な人だな、いい文章だな。

ぎらり、でも、きらりでもない、静かな光。
著者の心の繊細さは随所に感じられるけれど。
声高な叙情性や感傷とはまったく無縁。

知が情によって甘くなるということがない。
そこが氏特有の「鋭さ」で。
平易で明快であっさりとした言葉で語られるが。
よく読めば、息が止まるほどに厳しい内容だったりする。
特に社会の趨勢を読む眼力は透徹している。

なぜ。この人はこれだけのことが理解できたろう。
そして、それをこのように語ることが出来るのだろう。

この著作を皮切りに、何冊も読んで来ましたが。
改めて、畏敬の念を覚えました。
憧れの人なのですが。ちょっと怖さも感じました。

他人にたいして、とことん優しく。
そもそも、その眼差しの優しさが同時に極めて論理的で。
ゆえに、読む側の意識も澄んでくるようなところがある。

中井先生と同年代の知人が。
なぜ表立った活動をしなかったろうとおっしゃいました。
中井先生が語らずして語っていることは並外れている、と。
これだけの見識が世に出ず埋もれていることが惜しい、と。

限定された範囲でのみ、有名な人ですものね。
私も知らずに長年生きて来ました。
ほんとうに、もったいないことだったと思います。
もっと早く知っていたら、どれだけ心が救われたでしょう。

穏やかで、どんな時も品位を保ち、感情的にならず、
しかし、心の奥深くまで響いてくる文章。
専門分野(精神医学)について書いてもそれは変らない。

この随筆集は氏の著作のなかでは易しいといえます。
『神戸新聞』に連載されたものをまとめたという性質上、
時事問題に絡めた内省、観察、洞察、思い出、などが主な内容。

もっとも、難しいことを語る時にこそ氏の知性と、
その知性が掘り下げた思想の深淵を提示する手並みが、
読み手の頭と心を活性化する面白さとなるのでもありますが。

なんでもないことを語るような様子で。
人間の暗闇に切り込んでくるような。
それでいて、その刃が不思議と読み手を傷つけない。

影を見落さないけれど、いえ。というよりも。
氏が光を当てるから影も生まれるのだけれど。
その影が描く模様がおどろおどろしくはない。

こんなに様々な物事が「見える」人は。
絶望のあまり、前にも後ろにも進めなくなりそうなのに。
この人は淡々と着実に(でも凡人からみれば超人的に)歩み続ける。

タイトルは著者が名づけたものではないそうですが。
この詩的な響きの言葉から受ける印象どおりに、
静かで爽やかでしっとりして明るくて。陰もあります。

読むのは二度目なのに。
挟んだ付箋は数え切れないほど。
その中からひとつだけ。

 さりとて私は予言を好まない。「自己実現予言」というものがある。予言という行為がその実現性を高めてしまうことである。ある銀行が危ないといえばそれが取り付け騒ぎを起こさせ、ほんとうに銀行が倒産する率が高まる。日本の運命にだって同じことが起こらないとはいえない。船が大揺れの時は冷静を心がけなければならない。しかし、それは沈没の可能性に盲目であれということではない。ただ、順風の時にこそ、それを思わなければならなかったはずだった。


引用しませんが、この後に続く文面は痛烈です。
それが哀しみにも、罵倒にも、皮肉にも聞えない。
あくまでも冷静に、見解を語る。

それが高みの見物でなく、著者自身の痛みも含むことは。
さらりと読んでしまうと気づかないことかもしれない。

(2018.2.25)
精神医学の分野で権威と言われる人物ですが。
若い頃にポール・ヴァレリーの研究者になるか、
それとも医者になるのか、かなり迷ったというだけあって。
医者らしからぬ(というと失礼かもしれないけれど)面があり。
ある意味、とてもユニークな人だと思います。

こちらにも氏の本が取上げられています。
私がまだ読んでいない作品ですが。
→松岡正剛の千夜千冊 中井久夫 分裂病と人類

多くの指摘と示唆が盛りこまれていて、これを読むぼくの自己像がまたひとつ脱皮させられていくような共鳴をおぼえたものだ。
 このような共鳴は中井さんの本を読むたびにぞくぞく感じてきたことで、そこからは多くの文明的な視点がそのつどもたらされていた。中井さんの著作には、たいていその力があった。このような文明的な俯瞰力は、残念ながらというか、遺憾ながらというか、ミシェル・フーコー(545夜)か中井さんからしかもらえないものなのである。

「文明的な俯瞰力」・・・それです、それ。
どの著作にも通じる中井久夫の魅力の最たるもの。

実はフーコーを読んでいないので。
そろそろ何かしら手にしたいと思います。

しかし正直に白状しますと。
松岡正剛氏の書評全体は何が言いたいか不明です。

「伝える」ことと「伝わる」こと  中井久夫

4480093648
ちくま学芸文庫
Amazon

中井久夫氏のファンなら必読。

最初。これは選び間違った、と思いました。
自分でもどうかと思うぐらい心酔している中井先生ですが。
がっつり精神医学の話をされますと・・・
正直、ちょっと、しんどい。

というのも。精神病患者の話を読んでいると。
私自身がいかに、それに近いかということを実感するので。

会話や絵画についての話も面白い。
突飛ではないのにありふれていない思考。
読者を驚かせるような、飛躍した、鋭い指摘や論はなく。
しかし静かに、深く、ずしんと響いてくる発見や驚きがある。

ああ、そうだ。そうだった。
私も確かにそれを知っている、と思える。

懐かしい感じだけれど。ずっと会えていなかったものだ。
未知の旧友、という表現が似合うような。

いつも。
この人は「優しい」と思い。
そこに何度も「本物の」と付け加えたくなる。

この優しさはちっとも「甘く」ない。
けれど「厳しく」もない。
聡明な優しさというのだろうか。
甘さも厳しさも人を救うことはあるけれど。

中井氏の「聡明さ」は貴重だ。

自分を「外」から見直す視点をいつも提示してくれる。
たぶん、それが救いになるのだ。癒されるのだ。

と言いつつも数行ごとに「ああ」「うう」と唸り、
付箋を挟むことをやめられないわけですが・・・

患者に対して氏が語ることは。
不思議なくらいに普遍的で、広く活用できる知恵だ。

 作業療法は、多少いやいやながらやる、ということに意味があると筆者は思う。「働く」ということは、現実が課するものがみなそうであるように、多少とも「止むを得ず」「しょうがないから」することである。作業療法を面白くてたまらないようにしなければならないと考える必要は毛頭ない。「あまり面白くないことをやる」能力は、人間のもっとも成熟した(オトナになった)証拠とさえいって良い。

病気に人の場合は心身の警報が弱いか無視する修正が身についた人だということができるかもしれない。このマイナスを本人や周囲が「がんばれる人」とプラス評価してしまうことも問題だ。

とにかく。
氏の観察力、洞察力の、鋭さと穏やかさが両立しているところが好き。

妄想が患者を救っている一面に触れていたりする。
ここは、痺れました。痛いほど、わかる。

これが妄想の困ったところで、妄想を手放させるのは、溺れる者にそのすがっている板を離させるのに等しい。妄想はかさぶたのように自然に要らなくなって落ちるのでなければならない。さもなくば妄想は精神の寄生体のように、いつまでも持主から離れない。

禁煙についての話も面白い。
ご自身の経験から書いていて、しかも独善的でない。
詳細な記述とアドバイスである。

先生の「看護とは何か」の考え方も好きだ。
ひとことでいえば、一歩も二歩も深く、細やかなのだ。
そして、看護について語っても、
全ての職種に通じる「真髄」を語っている。

 医療では、ずいぶん患者に無理を強いる。実は獣医学のほうがずっと、相手である動物の意志を尊重している。それは、動物にがまんをさせるということがむずかしいからである。とらえられただけでハンガー・ストライキをして死ぬ動物も多い。食べ物が違うとか、寝床が違うだけで、拒絶反応をするペットも多い。だから獣医さんたちは徹底的に動物のほうに自分を合わせる。獣医さんたちには、動物の気持を察するためにたいへんこまやかな心のアンテナを持っておられる方が多い。看護学は、現状では、人間を相手にしている医師よりも、動物を相手にしている獣医のほうから学ぶところが大きいとさえ私は思う。

磯崎新氏との対談も良かった。
氏の神戸愛が溢れているのが何だか微笑ましい。
そして、専門外のことにも造型が深いことに感嘆。

ここで「額縁」について語るのが印象的。
そうだ。「額縁」は必要なんだ。
(詳細は省きます。すごくいい話なんだけど)

対談のしめくくりの言葉も、明言。

 都市も建築もあるいは人も生き物も、すべては、この時間がしみこむということなしには、つくられない。


「私の日本語作法」という章は必読(ファンとしては)。
氏の書き方が思いのほか、システマチックだ。
驚いたことに、私と似ているところも結構あった。

(でも・・・でも・・・出来上がりが違い過ぎる)

「翻訳に日本語らしさを出すには」の章も必読。
いや。隅々まで、必読。ああ。ため息しか出ない・・・

(2017.11.10)
またしても。「買わねばならぬ」この本は。
挟んだ付箋を剥がして数えたところ、82枚。
著者に。もっと若い頃に出会いたかったな。
辛かった日々をどれほど、救われたことだろう。
しかし「救われなかった日々」が私の財産とも言えるかな。

私の「本の世界」  中井久夫

4480095209
ちくま学芸文庫
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憧れの人の「読書」

私。お金はあればあるだけいいし。
綺麗なものが好きだから、自分も美人な方が嬉しいし。
育ちの良い人が好きだから、名家に生まれたかった。

でも。
実際にお金持ちが羨ましい?
美人が羨ましい?
名家出身が羨ましい?

・・・かと自らに問えば。

ま。そりゃそうだけど、それ程でもないのです。
だって、どれもそれなりにしんどいでしょ。

お金がないから気楽。
美人じゃないから気楽。
名家出身じゃないから気楽。

うん。持ってる人は持ってるものが重荷でもあるのよ。

しかし。「頭が良い」人だけは無条件に羨ましい。
頭がいいこともしんどいのは承知だが。
頭が悪くてもしんどく生きている私としては。
どうせ辛いにしても、もっと高次元の苦しみが欲しい。

自分が次元が低いとか自虐に走るつもりはないですが。
賢い頭が欲しいのです、切実に!

頭が良ければ。出世する可能性は高いし。
いわゆる成功者になれるかもしれませんが。
そういうことを求めているのではありません。

色んなことが「解る」頭が羨ましい。
もっと、「解りたい」んです。あらゆることを。

私、知識欲はある方なのですが。
その「欲」に「知力」がついていかないのです。

頭が良い人が好き、憧れといっても。
頭でっかちな人よりは、頭弱くても心の美しい人がいい。

知と情というざっくりした括りで言えば。
私は間違いなく、「情」に傾いてる人間ですが。
「情」が感じられる「知」というものを見ると心が震えます。

中井久夫氏の書いたものを読むと。
この人は抜群に賢い人だとわかります。
しかも、情に篤い、細やかな感性の人です。

ま。そういう人も時々はいらっしゃる。
ただ、私としては、知と情のバランスの良さ、
それに伴う行動力・・・ああ、こうなりたいという憧れの人です。

せめて。氏の「本の世界」を覗かせて頂き。
ちょこっとでも参考にさせてもらって。
私の弱い頭を鍛えようと本書を手に取りました。

ああ。しょっぱなから、ポール・ヴァレリーですか!

読めば読む程、ビシバシ打たれるというか。
完全にノックアウトです・・・

私の頭が悲鳴をあげそうな本がズラズラ並びます。
いや。理系がダメなのは散々自覚させられていますが。
文系寄りでも、き、きき、厳しい気配・・・

精神医学にそれほど興味があるわけでもないしなぁ。
ギリシャ語の詩の翻訳をされている中井氏は、
詩にも通暁しておられるんですが。
私、翻訳詩が超苦手だし・・・

先生の同輩、先輩、後輩の本の類いは。
そもそも、レアで手に入りにくい本ばかりだし・・・

中井先生の書く言葉、思考が大好きなのに。
先生の読むものを、私は読める頭がない。
なんかもう、哀しくなってきました。

元々の頭もそんなに良くないけれど。
若い時に頭を甘やかし過ぎました。
今更に、猛烈に、反省します。

え。う。ま。メゲズにメモった何冊かを読んでみます。

あと。数カ所。なるほどと思ったところ。

「書評の書評というのがあってもよいが、なぜないのだろうか」

リルケ「山に登った人は山の土を大量に持って帰りはしない。リンドウの花を一輪だけだ」

J・K・チェスタトン「凶者においては理性だけが狂っていない」

訓示めいた「すべきである」「してはならない」という表現がきわめて少ない。こういう表現はしばしば不十分な叙述、不十分な経験を補うために使われるものだ。

(2017.10.12)
中井氏の著作は、いつも読んで癒されるのに。
今回は苦行でした。頭がどうもついていかなくて。
でも。紹介された本の中から何とか読めそうなものを選び。
Amazonの欲しい物リストにとりあえず放り込んでおきました。
頭を鍛えるために、少しずつ読むつもりです。

こんなとき私はどうしてきたか  中井久夫

4260004573
医学書院
Amazon

ほんものの、優しさ。

勇気づけられ、励まされ、癒される。
たいせつなことを、無駄のない、しかも温かい言葉で綴る名手。

ああ、いいなぁ。いいなぁ。

ちゃんと「実践」が伴っている人なのだ。
こんなにも卓越した「思索」の人なのに。
見せびらかすことなく、「行動」している。

精神疾患の方たちに関わる看護者たちへの講義録ですが。
職業、立場に関わらず、「ひと」に響く言葉がぎっしり。

氏の言葉は。
どうして、こんなに心にしっかりと届いてくるのだろう。

病院の厳しい毎日に負けて、臨床を離れた医療者です。
しかしこの本を読んで、もう一度気負わずに、現場に戻りたいと感じました。

Amazonのレビューの言葉を勝手に引用しちゃいますが。
それほどの力がある、しかも「優しい」言葉。

思索する人は自戒の念が強過ぎるという印象がある。
中井氏は、よくよく考え尽くしている方なのに、
刺々しさや鬱々とした自虐や自嘲に陥ることがない。

しかし、悔いていることをずっと忘れない。
開き直りもせず、都合の悪いことと葬りもせず、美化もしない。
過大に自分を責めることもしない。

くよくよと悩み続けるのではない、ただ心に刻んで忘れない。
その潔さは、これだけの知性のある人だから可能な技だろうか。
いや。人柄だ、と言ってしまうのもあまりにもつまらなく。

本人が心掛けているという「プロ的エレガンス」が。
生き方に沁み透っている、というのがまだ近いかもしれない。

引用しても引用しても足りないほど、引用したくなる。
・・・ので、今回は自粛します。

(2017.6.21)
中井氏の本は、読み終えるといつも、付箋だらけ。
買えばいいと思いつつ、どの本も高いのが難点。
しかも。古本屋ではまず、見つかりません。
でも。コツコツと。買い集めるのも楽しいかもしれないな。

時のしずく  中井久夫

4622071223

みすず書房
Amazon

好きすぎる、この本。

付箋70枚。
もう、この本は買うべきである。

中井先生の考え方、文章、行動。
ため息しかでないくらい、憧れる。

氏のエッセイは、決して軽くない。
題材がそもそも、重い。
彼が身を置いている環境が重い。

なのに。
読んでいて、ほんとうに心が安らぐ。
このように考え、書ける人がいるということ。

穏やかな表情の奥の鋭い知性。

痒いところに手が届く、というよりも。
さらにもっと深い感じの「あ、そこ!」

たぶん。凡人なら数歩前で止まる。
才ある人でも、一歩届かない。

中井先生は「わかるんだな」と。
ああ、そのことが、ちゃんと「わかるんだ」と。
随所で泣きたくなるほど感動してしまう。

自分では言い表せずにいたことを代弁してくれている。
嬉しいし、ほんの少し悔しい。でも、圧倒的に嬉しい。

厳しいことを飾らない美しい言葉で書く。
その厳しさが途方もなく優しい。

(2017.5.3)
私の読書生活の中でも。
トップクラスの事件と言えるのは。
中井久夫という精神科医の文章に出会えたことです。
何が好きかというと。「知」と「情」のバランスの良さ。
いえ、どちらにも秀で過ぎている超人的な頭脳?
何より、私はこの人の文章が好きです。

  

プロフィール

Author:彩月氷香

とにかく本が好き
読書感想がメインですが
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