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儚い光  アン・マイクルズ

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ハヤカワ・ノヴェルズ
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「こんな恐ろしい知らせを、どうしてこんな美しい字で書いてこられるのだろう」コスタスの筆跡は渓流をながれる水のように優美で繊細だった。

「自分を救うために書きなさい」と、アトスは言った。「そうすればいつか、救われたからこそ書けるものを、書くことができるはずだ」

 矛盾をふりすてるまさにその一瞬がある。そのときに選ぶ嘘を、人は生涯手ばなすことができない。わたしたちにとってもっとも大事な嘘は、しばしば真実よりも大事なのである。

 なにかをなくしても、それをなくしたという記憶さえのこっているなら、それは喪失ではない。記憶は、使い道をあたえられなければ死んでしまう。アトスならこうも言っただろうか。土地を失っても、その土地を記憶していれば、地図をつくることができる、と。

「とんでもない。死んだ人たちにときどき美しいものを持っていってあげるのは、正しいことだと思いますよ」


川本三郎氏の解説はこんな風に始まる。

 感動的、素晴らしい、といった賛辞を不用意に使うのがはばかられるような小説である。どこか森のなかに身をひそめている美しい動物を見に行くように、読者は、この小説に静かに、息をひそめて近づいていかなければならない。ようやくその姿を目にしても決して発見したなどといいたててはならない。


 痛ましい記憶。その記憶とともに生きる人々。しかし、川本氏の以下の言葉がこの小説を見事に言い表している。

「この小説は、闇を描いた小説ではなく、闇に刺繍をほどこした詩なのである」

作者が詩人であるというのが納得の、叙情性の高い文章。「冬の眠り」を読んですぐ、もっと読みたい!と思った作家。作品としては「冬の眠り」の方が好きかな。この作品はあまりにも題材が辛かったから。

「冬の眠り」の方が物語がシンプルで、文章の美しさを堪能できたような気がする。でも・・・やはり。本作も文章がいい。香り高い静けさ、という感じ。しんと冴えているけれど、研ぎ澄まされているというより、まろやかな感じ。きっと原文で読んだらもっと素敵なのだろうな。

(2016.4.19)
この人の書いたものなら全て読みたい!と思うくらいなのに。翻訳されているのは二作品のみ。で、もう読んじゃった・・・残念。詩集もぜひ翻訳してもらいたいです。

冬の眠り  アン・マイクルズ

4152092688

早川書房
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同級生ははみんなわたしの不幸のことを知っていて、わたしを避けようとした___みんなまだ子供すぎて、同情する余裕がなく、怖くなってしまったのね。

 静けさは時間に属している・・・この今日という一日の静けさは、わたしたちのものだ、とジーンは思った。

___まるで魔法ね、とマリーナは言った。昔話はあっという間に時間を食べてしまうわ。

「悲しみがたっぷり沁みこんだ場所もあるんだ」僕はとくに“たっぷり沁みこんだ”という言葉をよく覚えている。僕たちは手をつないで、しばらく黙って歩いた。それから僕はこう思った。世の中には、何でもない顔をしていても、悲しみがたっぷり沁みこんでいる人たちがいる、と。

___人間がやることは全部偽の慰めだ。でも言い方を換えれば、どんな慰めも全部本物なんだ。

 俺が今までに何か学んだことがあるとすれば、それは勇気とは恐怖が形を変えたものにすぎないってことだ。

 誰の人生にも、じぶんにはとうてい出せるはずのない勇気を要求される時が一度はある。そしてその時どうふるまうかで、残りの一生が決まってしまう。みんなチャンスは一度だけじゃないと考えたがるが、それは違う。しくじりはいつまでも残る。だから、あれでよかったんだと、繰り返し自分の中で正当化する。俺たちは骨の髄までこの真実を知っている。それはあまりにも無理無体に強いてくる真実だから、俺たちは否定しようとする。だが何をしても、あのしくじりが真ん中にあるから、どんなにうまく立ち回っても駄目だ。だからこそ俺たちは心の奥底で、何よりも赦しを欲しがるんだ。この赦しを求める気持ちは底なしの欲望だ。

以上、心に残った箇所を幾つか、書き抜いてみました。
読後の私のつぶやきは、こんな風でした。

アン・マイクルズ「冬の眠り」読了。喪失と癒しを描いている作品だが、その「癒し」が欺瞞ではないかという疑いに苦しむ心模様の描写があまりにも精緻で。その言葉の不思議な程の美しさとともに胸に突き刺さる。静かで叙情的だけれど、怜悧な。読み終えてもまだ、続いているように感じる、余韻の深さ。

何らかの喪失と、それに対する悔恨をひとつも持たない人なんていないだろう。そして失ったことに意味を求めたり、失ったことに責任を感じたり。いっそ忘れようとしてみたり。何とか、その喪失が収まる場所を探す。その過程で「欺瞞」の存在を幾度も意識する。


静かな思索。穏やかだけれど痛切な哀しみ。
登場する人物たちそれぞれが抱いている辛い思い出。
そして、それらを包んでいる名づけようのない美しい何か。

記憶と思いやりと悔いと願いと感謝の入り交じったもの。
消化できないもの。風化できないもの。

さらさらとした、肌触りの良い文章。
情緒的な文章によくある湿り気がほぼ、無い。

何気なく読み進めていても。
鋭く切り込んでくるような才気とは違う、
極めて穏やかではあるけれど非凡な、文章の才能を感じる。

息苦しくはない、緊密さ。
静かな、そして見晴らしよい風景を眺めているような。
題材や登場人物たちの心象からすると、
もっと狭苦しい情念の世界になってしまいそうなのに。

ぎゅっと凝縮された印象と同時に、
平野の空のような広がりを感じることができる。

良い意味での「希薄さ」もあるような気がする。
全体に「漂う」という言葉のあてはまるような、
浮遊したような、ゆるやかな空気の流れのような、
チラチラと揺れる木洩れ陽のような、
そんな少し淋しさを伴う優しさが満ちている。

この作家の本は、全て読みたいです。

(2015.10.15)
調べてみたら。寡作な作家さんらしくて。
他には1作しかありませんでした。
近々、読もうと思います。

  

プロフィール

Author:彩月氷香

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時々、写真や雑記も。

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