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最上級のライフスタイル  加藤ゑみ子

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セレブとして生きる人のためのレシピ

ご縁がない!
ホテルライフとか、クルーズの旅とか、別荘とか、リゾートとか!
だから、参考にならないといえば、ならない。

それでも。セレブじゃなくても心掛けたいことも多々ある。
とにかく、美しく。どんな時も。どこに居ても。

自分の立場がどうとか言うことはさて置き。
納得はできる内容です。
セレブな場にいなくても目指していたい態度でもある。

人は、美しいものと美しい行為によって癒されます。美しいものは疲れを感じさせません。人の内面をも美しくします。本物の美は人に強い影響を与えるのです。そして、豊かな想像力を導くのです。

共感しつつも。ちょっと、思うのは。
この「美・至上主義」って。
ある意味、窮屈というか。ホント、しんどいよね。

それはたぶん、世の中には美しいものもあるけれど。
美しくない物はそれ以上に溢れていて。
それを撥ね除け続けるのにエネルギーを消耗するからなのだ。

そして。そういう生き方が。
ほんとうに美しいと言えるのか疑問も抱いてしまう。
何か途轍もなく、我儘で高慢みたいな気がして。

だけど。美に救われる瞬間を幾度も体験してきたのだから。
選べる限りは、美の側に立つ人間でいたい。

昔はね。強かった。「美」を追求する心が。
段々弱って来ていて。かえって楽になったところもある。

美しいもので磨かれた行為と美しいものから身についた考え方や振る舞いは、美しいものから離れても消えることはありません。

加藤さんはこう、おっしゃるのだけれど。
私は疑問を感じてしまった。

ずっと。美の記憶は残ることは私の場合、間違いない。
考え方と振る舞いも消えぬと思いたいのだけれど。
消えはしなくても弱る・薄れるということはあると思う。

消えても構わないという気持ちもあって。
それでも時々、ハッとして。
いかん、いかん、そうじゃない、と。

美しいものを選べる自由があるのに。
わざわざ選ばないような生き方はしたくない。
でも、選ばないということも、たぶん自由で。

自分がしたい方がどちらか、ってことなんだな。
美しいということを絶対的に正しいと言い張ることは。
もう、今は私はできないから。曖昧なんだな。

セレブじゃなければ美しくあれないと言ってはないのです。
そこのところは、どうぞ誤解のなきように。

セレブの真似事をできるくらいの財力のある人は。
可能であれば、美しさを念頭に置いてもらえたらいいな。
世の中に美しいものは多い方がいいです、単純に。

お金があることが良くも悪くもないし。
お金がないことが良くも悪くもないし。

ただ、それぞれの立場なりに引き摺られやすい悪趣味はある。
ま、悪趣味も俗悪の極みまで行き着けば。
凄味のある、何か美しさに近いものになるようにも思えるけれど。

物に限った話をすれば。
理想的なのは、「良質な天然素材を長持ちさせる」こと。
古びてもみすぼらしくならず、風合い、風格になるものを持ちたい。
そして、そういうものを愛着を持って使いたい。

長く愛用していても、ボロボロはイヤだし。
安いものをどんどん買い替えて新しくするのもイヤだ。

でもねぇ。風合いとか風格がそもそも似合う人なんているのか。
そういう物が似合う空間が存在しているのか。

ミニマリストになることが美への近道にも見えてくる現代に。
物好きの私でも、ミニマリストに転身しようかと思い詰めるくらい。
無駄を楽しむ余裕は消えゆくばかりなのに。

物語のなかで。過去の幻影として。
ひとときの夢としてしか味わえない贅沢として。
「美」はあるのかもしれない、もはや。

現実の中にひょっこり美しいものがあると。
もはやそれは癒しではなく。攻撃のようにも受け止められる。

病んでいるのかもなぁ・・・私。
それは言い過ぎにしても。疲れているんだな。

(2018.2.13)
美の基準も揺らぎがちで。
これが確固たるものであれば。
それはそれで、防具となり得るような・・・
こうして時々、加藤女史に活を入れられるのは。
私にとっては良い薬になるみたい。

好きなモノと美しく暮らす収納のルール  加藤ゑみ子

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断捨離すればいいってわけじゃない

まず、引用から。

モノを極限まで減らそうとするのも、実は、溢れるモノをいかに収納するかに苦心したバブル時代の裏返しであり、モノに翻弄されているという点では何ら変わらないように私には思えます


そうなんです。
超シンプルライフ、私も惹かれなくはないのですが。
なんだか違和感を感じるのは、ココなんです。

過剰反応的な反動のような印象を受ける。
ちょっと狂信的で怖くもある。
一方でその行き過ぎ具合に痺れたりもする。

突き詰めた状態って。妙に憧れをそそりますよね。
もともと、茶室の美学とかに心震える人種ですもの。

だけど。以下の加藤女史の意見の方が私には現実的。
(あ。勝手に要約しました)

欲しい気持ち→人にエネルギーを与える
欲しさも必要性も感じない→エネルギー不足
 
今、自分を磨いてくれるモノがあるのは豊かなこと


だからって物欲の暴走を許していいってことではありません。
あくまでも。美しいものしか持たない(これが加藤流)。

正直。著者の提言は富裕層向きと取られても仕方ない面はある。
環境と資金と、育ちの良さから来る美的感覚の洗練に恵まれないと、
「そんな優雅な暮らし、無理!」と反論したくなるかも。

でもね。やっぱり。
狭くてもお金がなくても。美しく暮らしたいでしょ。
スケールはダウンしようとも、優美でありたいでしょ。

ミニマリスト的生活も。住人の必要性が高ければアリと思う。
心の底から、そういう暮らしを望んでいて、幸せなら。
そして。見て心が震えるくらい美しければ、私だって憧れる。

同様に。モノが溢れかえっていても魅力的な部屋もある。
私、過去に見た中では具体的に言うと。
テレビでみた、こぐれひでこさんの家が大好きです。

彼女の家は。そりゃロケーションと広さに恵まれている。
だからって、あれだけモノが並んで心地よく調和するのは。
もうもう、センスが溢れてて、テイストが固まってるから。

部屋にね、可愛い鉛筆削りがあったわけですよ。これね。



つい欲しくなり、値段も手頃で買いそうになるけれど。
明らかに私の部屋、かつ私自身のテイストではないです。

ここで我慢するのは、私には大事なことなんです。
結局、買ってしばらくすると。
可愛いけど部屋で浮いてるっていうのが苦痛になり。
泣き泣き処分することになるに違いないから。

そこまで統一感を重視する?っていう葛藤もあるけれど。
美しく暮らそうと思うなら、それくらいは当然。

「北欧風」とか「モダン」とかのテイストが決まらぬため、
何をどう選べば調和するのか、悩ましかったりはする。
物選びに必死過ぎる自分に疲れる日もちょっとある。

でも、やっぱり。この本の副題である、
「好きなものと美しく暮らす」が私の理想なのです。

ちなみに、こっちの方が、私らしい鉛筆削り。





本書でもう一つ、おおっと思ったのは。
「集めたものは整理する」というところ。
当たり前といえば当たり前ですが。
集めるだけで満足してしまいがちですよね・・・

コレクションを他人の目にも感動や納得を与えるものとする

つまり、コレクションは美しくディスプレイしてこそ。
見せ方も考えましょうってことなんです。

これも場所が・・・費用が・・・となりますが。
要は美しく飾れる範囲のコレクションに留めるか、
頑張って展示(もしくは保管)場所を確保するか。

何かを「集める」ってことはそれが大好きってこと。
その好きで好きで堪らないものを他人も楽しめるといいよね。
自分ひとりでひっそり楽しむにしても。
美しく収められてる方が、断然、いいよね。

収納術としては基本のキ。当たり前のことが書いてある。
目新しくもなく、ごくごく常識的な内容。

自分のテイストをしっかりと把握(育成)し、
それに沿って、かつ無理のない暮らしを作る。
結局、それに尽きるのです。

好きなものと美しく暮らすには。
自分のいちばん好きなものを選び。
二番目、三番目に好きな物はあっさり諦めることが必要と思う。

好きでもないものへの未練(まだ使える、勿体ない)は。
もうほぼ、克服出来ている(完全にではない)けれど。
まぁまぁ好き、な物はパラパラあります。

そう。出来る人はすでにやっているという内容なのです。
出来てない私は、読みながら、決意を新たにするのでした。


(2018.2.19)
すごくすごくすごーく好きな物を手に入れると。
そのレベルに達していない幾つかの物を苦もなく手放せたりする。
だからって。常に「もっといい物!」「もっと好きな物!」と
欲望を肥大化させていくと、苦しくなってしまう。
身の丈に合う「洗練」を極めるのが私のテーマなのです。

『きちんとした女性に見られるエレガンスのルール100』  加藤ゑみ子

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100は欲張り過ぎでしたね・・・

うーん。
加藤ゑみ子さんはもともと。
古風な正当派の「女性らしさ」を提唱してる人ですが。

この本はちょっとあまりにも。
「女性はこうあるべき」という型が古い気がします。
ザ・お嬢さまとか、ザ・マダムな感じです。

いえ。それ自体はいいんですけどね。
なんか。この本は好きになれませんでした。

当たり前の「礼儀」を書いてあり。
何一つ、間違ってないんですけれども。

読んでいて楽しくない!
ああいいな〜、という憧れが呼び覚まされない。

「きちんとした女性に見られる」って言葉通り。
この本に書かれていることが全て出来たら、
確かに「すごくきちんとしている」と思います。

生活の知恵も網羅していて。
暮らしの辞書的にも使えそうなんですよね。

なのに、なーんか好きでないのは。
本文に満載のイラストが好みじゃないからかも。
うん。たぶん。それが大きな理由だ。

イラストが好きだったら評価は変わった気がする。
何しろ、びっしりと絵入りなんですよ。
だからわかりやすい・・・はずなんですが。
ヘタウマ系の雑なタッチの絵で(ごめんなさい!)、
この絵が「きちんとした女性」からかけ離れてます。

もったいない。

それにやっぱり、こう「てんこ盛り」なのは苦手。
微に入り細に入りとなると、窮屈ですね。
ポイントだけ、という方がスマートですし。
心にも響いてきます。

ま。本のタイトルと主旨からすれば間違ってない。
私が勝手な期待をしたせいだと思います。

(2017.8.12)
余談ですが。「ゑ」の字をPCで打つのにアタフタ。
「wye」と打てば入力できるんですよ。
「wyi」で「ゐ」になります。
・・・以上、プチ情報でした。


『盛りつけのセオリー』  加藤ゑみ子

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美味しそうに盛りつけるコツ・・・の基本。

写真ではなく、絵で説明されます。
これが、かえってわかりやすくて良いのです。
というか、目に優しい。
お料理の写真って、なんかピカピカして目に痛くありません?

絵の方が穏やかでいいんです。
「こんなお皿、我が家にはないぞ」とか余分なこと考えないし。

以下、本書より引用。

食はエンターテインメントです。

料理とその盛りつけによる美味しさをさらに楽しめるものにするため、
特にお招きのテーブルにおいてはもてなす心を表現するために
テーブルセッティングはなくてはならない演出です。

セッティングは慣れれば面倒なものではありませんし、
センス(美的感覚)磨きのトレーニングになります。

「センスのよさ」とは基本的なことを身につけた上で
違和感と過不足のない状態(こと)を
一瞬の間に(直感力で)チェックできる能力です。

基本的なスキルを身につけ、習慣にすることによって
生活をセンスアップさせましょう。

ま。私はおもてなしとか、考えてないんですけれど。
同じ食べるなら、見た目もキレイなのがいいですよね。

食はエンターテイメント、っていうのはそうだと思う。
だから、とことん楽しんだ方が絶対にお得。

センスの良さは「基本」があってこそというのも、まさしく。
ええだから。盛りつけの基本を学びたいわけなんです。

器はそこそこ、こだわっているし。
食べ物のバランスにも気を配っている。

でも・・・盛りつけはねぇ。苦手分野なのですよ。
同じ献立でも、もっと美味しそうな食卓にできるはず。

うん。地道に心掛けてみます。

(2017.6.17)
なかなかね。気持ちはあっても・・・
出来上がったら大急ぎで皿に盛り、さぁ食べよう!ってなる。
盛りつけに気を配る余裕を持ちたいものです。

『上質なものを少しだけ持つ生活』  加藤ゑみ子

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感想なし。引用だけです。

 もし、感性のよい人が、上質でないものに触れ、馴れようとすると、常に違和感を感じることとなり、それによって心身ともにストレスを蒙ることになります。でも、もっと怖いのは、それに馴れてしまうことです。生活行為は習慣性をもつものですから、上質でないもの、不都合なものでも、馴れてしまえば不具合感は薄れていきます。感性は、こうして鈍っていくのです。

 一般に、ものを選ぶときの基準は、便利で長く役に立ち、手入れに手間がかからず、安価なもの、というところでしょう。けれども、上質なものをもつ生活では、「美しいもの」というキーワードが必要です。品格のある美しさです。自分に品格を求めるなら、もつものもまた品格のあるものでなければなりません。
 これは、いわゆる高級品でなければいけないということではありません。高級品であることと品格のあることはまったく別のことです。

 上質なものは結果として、贅沢なものになりがちです。したがって、すべてが上質であるというのは、「何でもそろっております」という「もの自慢」になる恐れもはらんでいます。実は、「少しだけもつ」ということに大きな意味があります。
 まずは自分の生活をできるだけシンプルに構成しようと考えてみることから始めます。シンプルにするということは、あれやこれやと多様化した生活を想像して、それらのすべてに対応したものをもとうとしないことです。

 たとえば、ふだん着というと、汚れてもよい「楽な服」を着ようとしがちですが、そうではなくて、自分によく似合うおしゃれな服三着くらいをふだん着とします。いつ誰に会っても、いいわけしないで堂々としていられる服です。とはいえ、ふだん着ですからオフィシャルな雰囲気のものではありません。

 必要とするものを少なくすることで、選ぶ人の個性や特徴が浮き立ちます。数は少なくても知恵と工夫で、「ことが足りる」。そこにものと人との一体感が生まれます。

 上質のものから美しい生活を創造する、つまり、日常生活における「自分文化」をつくることができます。

経済的には十分に豊かなのに貧しい人、ひとことでいえば品性に欠ける人もたくさんいます。
 もし、この貧しさから脱出したいと望むならば、あなたの「ほしいものリスト」から見栄や流行によって選ばれたものを削除していく必要があります。
 と同時に、手間がかかる行為を排除することによって、生活から無駄を省こうという考えも捨てるべきでしょう。
 身のほどを知りつつ美意識を高めること、経済社会に流されることなく、「本物」を身のまわりに整えていくこと、互いに尊敬し合える人との関わりを広げていくこと、それが上質な生活をつくります。

 自分の身のまわりに置くもの、使うもの選びは、十分に意識的であるべきです。すると、買うべきもの、もちたいものが、それほど多くはないことに気がつくでしょう。感性を鈍いままにしている人に限って、持ちものが多いといえるかもしれません。 
 ただし、どんなにものの多い、足の踏み場もないような部屋であっても、もし、それらのもののテイストが統一されている場合は、さほど見苦しくは感じられません。たいていの場合、趣味に統一がなく、ちぐはぐなために見苦しいのです。


 収納の大原則・・・ストック収納と使う収納を分ける
 上手な収納のポイント・・・ストックでなくフロー(出し入れ)

ストック収納の三つの原則
 1 補充の必要の有無がひと目でわかるようにならべる
 2 同じ種類をまとめて並べる
 3 箱にいれず、ものの姿のまま収納する

カーペットやカーテンの選び方
 古びても美しさが保てるもの、退色、風合いや色柄の衰えに耐えうるものを選ぶ。

「磨くこと」
水栓金具やガラス類がピカピカであることで、空間が輝く

 丁寧にものを扱っていても、意識がふとそこから離れたとき、ものは壊れます。掃除を無視したい気持ちは退屈な繰り返しの行為だからです。
 けれども、同じことを繰り返すように見えて、実は、毎回異なっています。そして、この「繰り返す」習慣は自分を躾け、洗練し、極める基本中の基本といえるものです。

 一般に「定番」と呼ばれるものが、あなたの定番となるわけではありません。たとえば、ベージュの丸首のツインニットが誰にでも似合うわけではありません。Vあきのカーディガンのほうが似合う人もいれば、色は黒のほうが似合う人もいます。定番を美しく着こなすには、まず自分に似合う色と形を見つけることがポイントです。

 ボトムスは微妙なスカート丈、タイトかセミタイトかフレアーかなど、自分にもっとも似合う形をできるだけ早く見つけることです。特に、スカート丈は、自分の体型に合わせて統一します。流行よりも、もっとも自分の脚が美しく見える丈であるほうがずっと幸せな気分になれます。

 コーディネイトでは、ジャケット、セーター、スカートの形と丈のバランスが非常に重要になってきますが、それぞれの丈を自分の体型にもっとも似合うものに統一することによって、何種類ものスカートやジャケットをそろえる必要がなくなります。

 書類を束ねるのに輪ゴムでなく、リボンで結ぶ。
時間はかかるけれど、見苦しくなく、豊かな気持ちになれる。

 たとえば、雑貨や台所用品。そのうち納得のいくものが見つかるまでなどと言いながら、百円ショップで買ったものが十年以上もってしまったりします。はじめから十年二十年使うことを前提に、良質なものをもつようにすることです。

 カラフルなプラスチックのものはやめること。耐久性のある道具の色はひとつに決めるのがポイントです。白に限定しておくほうが使うとき気持ちが落ち着きます。
 

 一番好きな章は 「限られた時間を、自分を「つくる」ことに費やす」
全文引用しちゃいますね。

 自分を知らないがゆえの「自分探し」にかかる時間、費用、エネルギー(気力)、そして他人への迷惑(つまり、他人があなたに対して費やす時間、費用、エネルギー)には、計り知れないものがあります。
 ところがそうまでしても、自分が見つかるとは限りません。では、自分を「つくる」ことならどうでしょう。一生かけても自分は探せないかもしれませんが、「自分をつくる」と考えれば、具体的な時間や費用の節約方法を使いこなすことができます。
 つまり自分をつくるために必要なことには贅沢に時間やお金やエネルギーをかけ、そうでないことはできるだけ簡略化していくのです。
 
 やみくもな節約や合理化は、お金にあかせて浪費と同様、人生を豊かにはしてくれません。休養、くつろぎ、創造力を豊かにしてくれる遊び、何もしない時間・・・それらは、決して無駄ではありません。
 わたくしたちが過ごす毎日毎日、一瞬一瞬の連なり、それが人生を形づくります。お金の無駄づかいなら、あとで稼いで取り戻すこともできますが、無駄に使われた時間を取り戻すことは誰にもできません。
 上質な人生を生きるということは、わたくしたちに与えられた時間を、無駄なく、上質な生活行為にあてること、磨かれた感性とともに美しく過ごす時間に変えることです。 

 時間がないという嘆きをよく聞きますが、誰もが二十四時間、平等に時間をもっています。そして、それを使う主役は常に自分自身です。誰と共有するか、どのように共有するか、何をするか、それを決めているのは、ほかならぬ自分自身です。
 ところがそのなかには好まないことでありながら受け入れるしかないこと(一般には仕事や日常生活のわずらわしい雑事)がたくさんあるので、それが、自分の好きに使える時間がないという嘆きになります。
 
 何であれやると決めた以上は自分で選んでやっていることであると思って積極的に取り組むことで、充実感をもって過ごすことができるはず。

 まずは、二十四時間すべてが自分の時間だと、はっきり認識。
 その上で、しなくてはならない面倒に思えることを、当然のこととして受け止める。
 そして、良い索、楽しくなる方法、簡単にすませる方法を考える。
 いやなこともそれを工夫する方法を考えることで脳の活性化につながり、上質な時間に。

 上質な時間は持つものではなく、「つくる」もの。楽しい一日を夢見ても向こうからやってこない。
日常の些細なことからも自分でつくることが出来る。


(2015.10.31)
共感しすぎるのです。「美」と「暮らし」の関係についての加藤女史の言葉が。ああ、こうありたい。でも正直、高過ぎる理想は揺らいで消えてしまうので・・・。この本を手元に置いて、繰り返し読み返して蘇らせたい。
  

プロフィール

Author:彩月氷香

とにかく本が好き
読書感想がメインですが
時々、写真や雑記も。

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