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羊と鋼の森  宮下奈都

4163902945
文藝春秋
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あなたの目指す音は?

本書は主人公が調律師。だから「音」となりますが。
人それぞれ、職業や生き方において、
「音」に代わる何か目指すものがきっとあるでしょう。

でも。それがよくわからない、という人の方がきっと多い。
主人公も同じで、だから敬愛する先輩に訊ねるのです。

先輩は原民喜という作家の文章の一節を語る。

明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体

原民喜はこんな文体に憧れていると書いていて、
「文体」を「音」と捉えれば、まさに理想だ、と。

素養にすぐれているとは言えない主人公。
ピアノが弾けない、クラシックも聴いたことがなかった。
ある日、調律師の調律したピアノの音色に出会い、
その「美しさ」が自らの中の美の記憶を生みなおしたことに、
どうしようもなく惹かれ、導かれて、調律師になる。

ピアノが、どこかに溶けている美しいものを取り出して耳に届く形にできる奇跡だとしたら、僕はよろこんでそのしもべになろう。

その想いを抱いて、彼は「音」を探し続ける。

「音」に正解はない。
ピアノもみな違うし、弾く人も違う。
調律師はピアノの所有者の希望に沿って調律する。

でも「やわらかい音」ってどんな音だろう?
半熟卵のやわらかさか、春の風のやわらかさか、
カケスの卵のやわらかさか・・・

お客様の希望が読み取れたとしても。
そのイメージを具現化するのは容易ではない。

音を揃えるのに手間取り。
それが何とか出来ても「音を決める」ことができない。

「音を決める」

これは何を創るにしても。厳しい一歩だと思う。
料理だったら「味を決める」だし、
文章や絵の場合だったら、何かな・・・
言葉でもない、構図でもない、
やはりそれは「音」か「味」か・・・

原民喜の「文体」が「音」に置き換えられたのだから、
その逆も然りと捉えるなら「文体」なのでしょうが。
「文体を決める」と言ってしまうと何か違う。

文章にも「音」はあるな。今、初めてそう気づく。
どちらかというと「味」で捉えていたけれど。
もしくは「風味」とか「香り」とか「風合い」とか。
でもそれは漂うもの、醸し出されるものであって。
「音」はもっとぴりっとした、「決める」ものだ。

「音の決まらない」文章はある。いや、その方が多い。

高い・低い、柔らかい・硬い、澄んでいる・濁っている・・・
そういう音色の特色だけの問題ではなくて。
音階として奏でた時の、全体の調和の中に「音」がある。

もっと言えば「音」が決まっても、「曲」にはならないかもしれない。
まぁそれはまた、少し違う話になるのかな。

「音」を探す主人公の姿に。
きっと読者は、自分にとっての理想の「音」を想い、
手に届くとは思えない彼方に輝く美しさを思い出すでしょう。

だけど。「音」が自分の中にない、と絶望することはない。

 もしかしたら、この道で間違っていないのかもしれない。時間がかかっても、まわり道になっても、この道を行けばいい。何もないと思っていた森で、なんでもないと思っていた風景の中に、すべてがあったのだと思う。隠されていたのでさえなく、ただ見つけられなかっただけだ。
 安心してよかったのだ。僕にはなにもなくても、美しいものも、音楽も、もともと世界に溶けている。

この物語の終盤の主人公の独白。
心に広がる森の景色に光が差した瞬間。

「音」にいつか辿り着く、その一歩を踏み出した彼を祝福し、
同時に自らも「音」を探すことを諦めまい、
否、諦めずにいていいんだと思わせてくれる・・・

「音」を探す全ての人を優しく励ましてくれる、そんな本です。

(2016.9.1)
この作品はひとことで言うと「優しい」。とてもとても優しい。
その優しさを「甘さ」と取るならば、疵にもなるでしょう。
私はでも。きっとそこが作者の「味」なのだと思います。
それにしても、原民喜の憧れの文体には痺れますね。
読まず嫌いしていた原民喜の作品も、ぜひ読まねば。

櫻守  水上 勉

4101141096
新潮文庫
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桜が好きなので。タイトルに惹かれて読みました。
えっと・・・水上 勉氏はなんと、初めましてです。
確か、国語の教科書とかで少し読んだ気がしますが。

なんというか。見事ですよね。日本語が。
人物描写も情景描写も、とにかく言葉が美しい。

そして・・・ええーっと。私の苦手な作風ですね。
いえ、「苦手だった」と言い直した方がいいかな。

この手の小説は徹底的に無意識に避けている気がします。
ああ、だから水上 勉って読もうと思ったことなかったんだ。

嫌いとか理解できないとか、そういうんじゃないんです。
日本的な土着性を感じるものがどうしても怖くて。

作品を読むことで自分の心の底の底に見えて来る何かが嫌というか。
いや・・・あるのかな・・・ないのかな・・・
遠く呼ぶ声がするような微かな気配かな・・・

って、へんな感想にもならない述懐ですみません。

でも。でも。この作品。表題作「櫻守」と「凩」という二編収録で。
どちらも「読ませる」作品です・・・主人公たちの生き方が胸に迫る。
ほろほろと思わず涙が落ちました。

遠かったものが以前より近く親しく感じられます。

(2013.4.27)
ソメイヨシノは堕落した桜、という一節がありまして。
見慣れてるのがソメイヨシノなので、そう言われると辛いですが。
山桜は確かに表情に何とも言い難い陰影があって好きです。


太陽の塔  森見登美彦

4101290512
新潮文庫
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矮小でありながら肥大化した自我。
まぁ・・・私自身がその持ち主だと思いますが。
正直、苦手なんですよねぇ。

妄想が爆走してるというなら、それはそれで良いんですが。
妄想が後ろ歩きしつつ時々スキップ、さらにしばしばコケる。

はぁぁ~イタイ。目を覆いたい。

ごめんやけど、共感できへんし。
でも、なんかわからないでもないんよね。

主人公の脳内もそうですが。
身体の方も相当、迷ってます。

迷い道の舞台が何とも懐かしかったりして。
かの岡本太郎の代表作、太陽の塔は慣れ親しんでますし。
京都の街も学生の頃、ひとりフラフラ彷徨ってました。

なんで、こんなアホの妄想散歩に付き合わなあかんねん。
一人で勝手にやっといて欲しいわ、知らんわ。
・・・と呆れ返りつつ。

最後まで読んじゃいました。

(2012.12.12)
めんどくさ、あほらし~と思いつつ。
どこか憎めないんですね。
街並みの描写なんかは好きなんですよ。
(京都の阪急百貨店はマルイになっちゃいましたねぇ・・・)
あ。この本。クリスマス関連本に入れられるかな?
非常にビミョウなセンですね。読んだ方どう思います?

水魑の如き沈むもの   三津田 信三

4562045418
原書房
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古い因習にとらわれた村の儀式と殺人事件の組み合わせって、
なんか懐かしい・・・金田一耕助っぽい世界。

惜しむらくは、おどろおどろしさが不足気味。
探偵役のズッコケ具合が私の好みには合いません。
ワトソン役の女性も、全然、良さがわかんない。

舞台作りはなかなか良いので勿体ないな・・・。
どんでん返しの嵐で、後半盛り上がるのに、
そこから一気に失速しちゃう感じも残念。うーん残念。

楽しめなくはなかったんですけども。
これだったら横溝正史を読み返すなぁ、私だったら。
たとえ犯人がわかっちゃってても、面白いと思うもん。

ていうか、たぶん。もうそろそろ忘れちゃってる気がするし。

(2012.5.29)
この雰囲気自体は、かなり好きなだけに惜しい。
作風がこういう感じなのでしょうから、私には合わないな。
土俗的因習の醸し出す空気なんかは緻密で良いんですけれど・・・
キャラがアニメ調というかラノベ調というか、軽過ぎるんです。


告白  湊 かなえ

4575236284
双葉社
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今更・・・感、バリバリですが。読んでみました。
いや、正直、読むつもりはなかったのです。
読まなくても、私は嫌いなタイプの小説だと判断できたので。

あ。言わでもがなですが。嫌い=粗悪ということではありません。
だけど。題材の扱い方や切り口が「あくどい」んじゃないかって。

読み始めてまず、「うっわーきっつ~」と思いました。
やだナニこれ、やだわ、この女!

被害者の女教師、私、かなり嫌いです。
愛娘を殺された女性に、同情の気持ちが湧いてこない・・・

これも、作者の計算のうちでしょうけれども。

出てくる人間、みなエゴの塊。
それがまぁ、思い当たる節はあったりもするので、
いっそう激しく吐き気がしてきます。

人間って、身勝手なもんなんです。それを否定するつもりはない。
しかしねぇ・・・これでもか、これでもかと襲いかかってこられると・・・

最後の女教師の語り、私は映画は観ていないけど、
松たか子の口調で脳内再生されてしまい・・・うわぁ「嫌だっ!」と
頭を抱えてしまいました。

正論をふりかざして、カツカツと、畳みかけるように。
相手の逃げ場を刻々と封じるように滔々と喋る・・・あ~ヤダ。

いえ。みーんな。嫌ですよ。

何が嫌かというと。自己愛の激しさ・・・ではなくて。
それは当り前のことだから・・・「歪んだプライドの高さ」かな。

周囲の人間を馬鹿にして。自分の方が上だと思う気持ちの醜さ。
そして・・・それが否定されることに耐えられない弱さ。
何よりも「バカにされることが悔しい」という浅ましさ。

「優劣」で勝敗を決める。それが現代社会のあり方で。
その中で生きることが、こういう人間を作り出す・・・と言いたいのか?

しかし。そういう価値観に反対する立場の人間も登場はするのだが。
残念ながら、その人たちにも負けず劣らずの嫌悪感を感じる。

まぁ。読後感が悪いというのは耳にしてはいたが。
よくも、これだけ人間の嫌な部分ばかり並べたものだ。

好きじゃない。断然、俄然、まったくもって、こういう作風は好きじゃない。

だけど。一気に読ませる展開と筆力はある。面白いとは言える。
読む前に予感した以上の「あくどさ」だけれど、それが持ち味になっている。

どうしたって好きになれない登場人物たちではありつつも、
自分がそのうちの誰であっても、さほど不思議でないかも・・・と。
絶対にそんなはずはないけれど、ちょっと思えるくらいのリアリティがある。

現実にも、こういう人間が増えていて。
小説だから・・・で一掃できないくらい、ひどい事件も起きていて。

上手いですよね。読者の気持ちを次々に裏切って行く手並み。

それでも。わかってたことだけど。もう何度も言ったけど。好きじゃない。
その理由は。読者を迷わせる余白がないこと、かな。

主題とか、結末とか、人物の描き方の後味の悪さっていうのはね、
別に珍しいことではないと思うし、そういう話が私は必ずしも嫌いではない。

「あの時、もし・・・」と。深く、悩まされる、分かれ道がない。
いや、著者は作ったつもりかもしれないけど。
これでは、ただの地獄への一本道にしか見えない。

救われないんだけど、救われる道があったかもしれない、という余地。
これを感じさせるか否かで、読者に伝わってくるものの深さが違ってくる。

残念ながら、それがなかった。

著者のなかで、答えを決めつけてしまっている印象。
しかも激しく「負」に偏った形で。断罪してしまっている。
読者に答えを探させるのも・・・大事だと思います。

(2012.1.26)
ご本人をTVの公開録画で直に拝見したことありますが。
全然、こんな話を書きそうもない女性なんですよね。
正直・・・また読みたいと思う作風ではないのですけれども。
思った以上に「読ませる」筆力を持った作家さんでした。


  

プロフィール

Author:彩月氷香

とにかく本が好き
読書感想がメインですが
時々、写真や雑記も。

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