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『アメリカ短編小説傑作選 2001 (アメリカ文芸年間傑作選) 』  リック・バス  エィミ・タン  カタリナ・ケニソン

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自分の好みを知る。

この傑作選にわたしの好みという点で一貫した特徴があるとすれば、わたしの考える最高の小説とは、小説本来の性質と徳を備えたものであることだ。人生における些細なことに気づかせてくれることにより、人は成長する。懐疑的にあるいは寛容に、不満足あるいは希望を持ちながら、絶対的な真理を疑うこと、月並みなものを退け、沈黙を望むと同時に恐れること、世の中を近くであるいは遠くから、改めて眺めることを促してくれる。可能性は無限にあり、これはそのひとつに過ぎないことを忘れてはならない。
 最高の物語は、必ずわたしたちに変化をもたらす。人生を一段と豊かにしてくれるのである。

(エイミ・タンによる序文の締めくくりの一文を引用)


疑問に思いませんか?
傑作選って。どうやって選ぶんだろう?って。
この傑作選には選抜方法が提示されています。

まず、エディターのケニソンが一年かけて、
2000〜3000の短篇を読み。
その中から120編を選ぶ。

それをその年の候補作として、
ゲストエディターに送る。

ゲストエディターはその中から20作を選ぶ。
それが一冊の本となる。

はぁー。大変だわね。
3000の短篇かぁ。
私だったら嫌になるかもしれない。

120編でも簡単ではないよ。
読めるとは思うけど。20作に絞るって……

でも。20作読ませて頂いた中で。
好きなのは5作に絞れました。

『ピアノ調律師』 ティム・ガトロー
『病気の通訳』 ジョンパ・ヒラリ
『不動産』 ローリー・ムーア
『キングサイズの人生』 ヘクター・カプラン
『ミセス・ダックは手紙を書く』 チットラ・ディヴァカルニー

短篇は好き嫌いがハッキリするかも。
長篇よりは選びやすい気がする。
逆に言うと。選ぶ人によって180度違うと思う。

短篇の「良さ」の判断って。
すごく個人的な感覚に左右される気がする。

昔。私は短篇は読めませんでした。
読むたび、訳がわからなくて苛つきました。
短篇の楽しみ方は。長篇とは違う。

基本的に。長篇型なんですよね、私。
それは変っていないと思います。
でも。歳を重ねるうちに。
それなりに味わい方がわかってきた気がします。

(2018.4.21)
引用した箇所は素敵ですが。
全体に苛立つほど長過ぎる序文なのですよ。
しかも、しょっぱなから、とある映画をけなすんです。
それがたまたま私の大好きな映画でした。
別に嫌いな人がいてもいいとは思うんですが。
やたらと感情的にこき下ろすのは感じ悪いな。
それが必要な場だったとも思えないし。
私も似たこと実はやっているのではと反省させられました。
好みがハッキリしていて偏っているというのは。
短所でなく長所と捉えているけれど。
自分の価値観に自信を持ち過ぎるのは考えもの。
意見を言うのと、断罪するのは違うよね。
ああ。やっぱり。私もそういうところ、たぶんある……

『プラハの墓地』  ウンベルト・エーコ

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東京創元社
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なんか、がっかり………

たぶん。
私が読者として未熟なせいなのかもしれないけれど。
なーんにも。面白くなかった。

主人公がまず、全然好きになれない。
共感の余地ゼロ。

話もやたらとヒネってるけど。
何も不思議でもないし。
っていうか。何度も「は。だから?」
「どうでもいいわ!」と叫びそうになった。

うーん。なぜこんなにつまらないのだ。
謎が謎でもないぞ。
ネタが不快だし。ネタの調理法もイヤ。

なんだ。なんなんだ、これは。
うわー。マズイ料理を食べた気分。
吐きたい。

『薔薇の名前』大好きだったなぁ。
高校生の時、学校の図書館で借りて読んで。

またこれが。貸し出しが一日だけっていう決まりで。
一晩で読んで返却したのですけれども。

図書館司書のオネエ様に「あなたエライわねぇ」って褒められた。
この本を返却した時に初めて話しかけられたのよ。
「おもしろかったの?そう。私には何が何だかさっぱり」って。

その時、内心、ちょっとオネエ様を馬鹿にしましたが。
今回は私がこの本を面白いという人に向かって。
彼女と同じ言葉をかけることになりそう。


(2018.5.1)
私には、本書から見えてきたものは。
「俺って(とは言いそうもないけど)博識でしょ?」っていう。
著者の自慢気なひけらかしだけだった。

『アノスミア』  モリー・バーンバウム

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勁草書房
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喪失ゆえに学んだものの価値

著者はある日、交通事故で嗅覚を失う。

手足を失ったり、視力を失うことに比べ、
その喪失の悲劇性は薄いようにも思える。

しかし。彼女はシェフ志望で。
猛烈な修行中だったのだ。
嗅覚を失うことは、夢を失うこと。

でも。彼女はブラウン大学卒の秀才。
頭も良ければ、ガッツもある。行動力もある。

読む側も胸がギリギリするような絶望のさなか、
彼女は「香り」を学習して身につける努力を始める。
どんどん、その分野の一流の人に会いにいく。

一流ブランドの香りも作成している調香師、
大手香料会社の着香料開発の主任、
食品用着香料の開発者・・・・そして。

あの! オリヴァー・サックス博士!!!

手紙を書いてみたら、会えることになったって!
まぁ。そんなことってあるのかしら。

著者の好奇心・探究心の強さと行動力には驚かされる。
夢を失ったのみならず、生活の彩りも褪せた日々、
その苦しさが原動力に転化したのだろうか。

一個人の切実な願い(嗅覚を取り戻したい)からの探求は、
学者の学術的好奇心とは視点も熱意も切り口も異なる。

それだからこそ、「嗅覚」の謎や魅力が読者を魅了する。
わくわくするような発見、興味、疑問に次々襲われる。

同時にそれは。
著者モリーの回復のための歩みに同行することでもあって。
失ったものゆえに、研ぎ澄まされる感覚の瑞々しさに打たれる。

副題は「わたしが嗅覚を失ってからとり戻すまでの物語」。

けれど。モリーが失ったのは嗅覚だけではなかった。
そして。モリーがとり戻したのも嗅覚だけではなかった。

人間の能力というか、要素というか、精神というか、
生物としての構造は掘れば掘るほど深いことを知らされる。

体と心が明確に分けられたりしないのは自明のことだが。
それにしても。それにしても。
精妙なような、デタラメなような、不思議な織物だ。
体と心はどちらが縦糸で横糸なのだろう・・・

(2018.3.10)
モリーがであった人々の言葉も興味深い。
以下の引用は、そのうちの一つ。
共感したというより。ああ、なるほどと思って。
キリスト教圏において無神論者であることの立ち位置に。


「わたしは無神論者です。神様なりなんなりの『神秘』がないと世界の美しさに感じ入ることもできないなんて、そんなばかな話があるか、というのが無神論者の発想です。真にすばらしく、真に畏れるべきなのは、美しいものそれ自体であり、美を理解しようとする人間の努力です。香水はこの百年、売らんがためのごまかしゆえに、ほんとうの姿が見えなくなっていました。おかしな話です。芸術はありのままに受け止め、理解するようにすれば、その美はいや増すばかりなのに」 
   
        香水評論家 チャンドラー・バーの言葉。


ポー名作集  エドガー・アラン ポー

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中公文庫
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なるほど、なるほど・・・

読んだような気になっているポーですが。
よく考えたらオリジナルは読んでいません。
そういう人、意外と多いのではないでしょうか。

いぜん運良く、古本屋の百均棚にて本書を発見。
いつか読もうと思って寝かせてありました。

読み始めてまず感じたのは。
あれ・・・理屈っぽい。
そして。非常になんていうか男性的。

ポーって男性の方が好きじゃないでしょうか?
勘違いか偏見かもしれませんが・・・

ミステリーの元祖と言われますが。
人間性の「闇」の面に非常に興味が強い作家という印象。
ああ。それは現在のミステリー作家にも共通しますよね。

しかし。怖い。
怪異が怖いというよりも。
作者の心に広がる闇の大きさが伝わってきて怖い。

特に「黒猫」。
ポー本人が本当にやったことじゃないかと思えてくる。

ポーが抱えていたであろう「狂気」の濃度にゾッとする。
しかし、それを極めて理知的に描ける頭脳を持つ人でもある。
だから高く評価されているのでしょう。

私は好きではないんだな。苦手なんだな。
狂気にも様々なタイプがあって。
ある種の狂気には親近感を抱くのだけれど。
ポーの狂気は、微かに袖を擦るくらいかな・・・

じわじわと。やはり。まぁ。
なんか凄いよと思えては来るのですが。

破滅型の人生を送る人の道連れになりたくないな。
別に足をひっぱられるというわけでもないのだけれど。
わざわざ不快極まりない闇の底を覗きたくはない。

そう思わせる力量があるってことでもある。

はからずも。
私の根が驚くほど健全な養分から育っていると知らされた感じ。
ちょっと。残念というか、悔しいというか。

(2017.12.25)
「悪」や「残酷」「冷酷」ということには共振できるのだけれど。
「グロテスク」の要素は、昔からどうも生理的にダメです。
丸谷才一氏の訳も、作品との相性はイマイチな印象を受けました。

罪のスガタ  シルヴァーノ・アゴスティ

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シーライトパブリッシング
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洒落っ気ある残酷さ。

なるほど。著者は映画監督ですか。
実に。絵になる作品です。

ありそうな。
なさそうな。

決してありふれてはいないけれど。
突飛というには、どこか親しみのある・・・
そんな、加害者と被害者。

いえ。どちらも被害者なのか?
善いも悪いもない。
哀しいも嬉しいもない。

罪とは、絶望した人間の本質が表面化したものに他ならない。

人間を閉じ込めている牢獄は目に見えない。だからこそ、その檻は破ることができないのだ。

作中のこの言葉に、著者のメッセージは表れている。

そして。こんなにも明確に「罪」を語っているのに。
やはり、罪のスガタは明らかではない。

「罪」は結局。
その姿を見た者の中にしかないのかもしれない。
それが当人であれ、被害者であれ、傍観者であれ。

あなたにとって、その行為は「罪」ですか?
・・・そう問われたとき、万人が同じ答えは出さないだろう。

そのことは何かトテツモナク、残酷な現実だと感じるし。
一方、同時にそのことが小さな救いでもあると思える。

「罪」は結局。
ひとつの鋳型に嵌るようなものではなく。
だからといって、存在しないとは決して言えない。

(2017.12.5)
日本では無名の監督ですが。
彼の代表作である「カーネーションの卵」は。
フェデリコ・フェリーニ、ベルナルド・ベルトルッチも絶賛したそうで。
そのタイトルの不思議な魅力からしても、機会があれば観てみたいな。
(京都で過去に上映会は行われたようですが・・・)


  

プロフィール

Author:彩月氷香

とにかく本が好き
読書感想がメインですが
時々、写真や雑記も。

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