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『アノスミア』  モリー・バーンバウム

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勁草書房
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喪失ゆえに学んだものの価値

著者はある日、交通事故で嗅覚を失う。

手足を失ったり、視力を失うことに比べ、
その喪失の悲劇性は薄いようにも思える。

しかし。彼女はシェフ志望で。
猛烈な修行中だったのだ。
嗅覚を失うことは、夢を失うこと。

でも。彼女はブラウン大学卒の秀才。
頭も良ければ、ガッツもある。行動力もある。

読む側も胸がギリギリするような絶望のさなか、
彼女は「香り」を学習して身につける努力を始める。
どんどん、その分野の一流の人に会いにいく。

一流ブランドの香りも作成している調香師、
大手香料会社の着香料開発の主任、
食品用着香料の開発者・・・・そして。

あの! オリヴァー・サックス博士!!!

手紙を書いてみたら、会えることになったって!
まぁ。そんなことってあるのかしら。

著者の好奇心・探究心の強さと行動力には驚かされる。
夢を失ったのみならず、生活の彩りも褪せた日々、
その苦しさが原動力に転化したのだろうか。

一個人の切実な願い(嗅覚を取り戻したい)からの探求は、
学者の学術的好奇心とは視点も熱意も切り口も異なる。

それだからこそ、「嗅覚」の謎や魅力が読者を魅了する。
わくわくするような発見、興味、疑問に次々襲われる。

同時にそれは。
著者モリーの回復のための歩みに同行することでもあって。
失ったものゆえに、研ぎ澄まされる感覚の瑞々しさに打たれる。

副題は「わたしが嗅覚を失ってからとり戻すまでの物語」。

けれど。モリーが失ったのは嗅覚だけではなかった。
そして。モリーがとり戻したのも嗅覚だけではなかった。

人間の能力というか、要素というか、精神というか、
生物としての構造は掘れば掘るほど深いことを知らされる。

体と心が明確に分けられたりしないのは自明のことだが。
それにしても。それにしても。
精妙なような、デタラメなような、不思議な織物だ。
体と心はどちらが縦糸で横糸なのだろう・・・

(2018.3.10)
モリーがであった人々の言葉も興味深い。
以下の引用は、そのうちの一つ。
共感したというより。ああ、なるほどと思って。
キリスト教圏において無神論者であることの立ち位置に。


「わたしは無神論者です。神様なりなんなりの『神秘』がないと世界の美しさに感じ入ることもできないなんて、そんなばかな話があるか、というのが無神論者の発想です。真にすばらしく、真に畏れるべきなのは、美しいものそれ自体であり、美を理解しようとする人間の努力です。香水はこの百年、売らんがためのごまかしゆえに、ほんとうの姿が見えなくなっていました。おかしな話です。芸術はありのままに受け止め、理解するようにすれば、その美はいや増すばかりなのに」 
   
        香水評論家 チャンドラー・バーの言葉。


ポー名作集  エドガー・アラン ポー

4122053471
中公文庫
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なるほど、なるほど・・・

読んだような気になっているポーですが。
よく考えたらオリジナルは読んでいません。
そういう人、意外と多いのではないでしょうか。

いぜん運良く、古本屋の百均棚にて本書を発見。
いつか読もうと思って寝かせてありました。

読み始めてまず感じたのは。
あれ・・・理屈っぽい。
そして。非常になんていうか男性的。

ポーって男性の方が好きじゃないでしょうか?
勘違いか偏見かもしれませんが・・・

ミステリーの元祖と言われますが。
人間性の「闇」の面に非常に興味が強い作家という印象。
ああ。それは現在のミステリー作家にも共通しますよね。

しかし。怖い。
怪異が怖いというよりも。
作者の心に広がる闇の大きさが伝わってきて怖い。

特に「黒猫」。
ポー本人が本当にやったことじゃないかと思えてくる。

ポーが抱えていたであろう「狂気」の濃度にゾッとする。
しかし、それを極めて理知的に描ける頭脳を持つ人でもある。
だから高く評価されているのでしょう。

私は好きではないんだな。苦手なんだな。
狂気にも様々なタイプがあって。
ある種の狂気には親近感を抱くのだけれど。
ポーの狂気は、微かに袖を擦るくらいかな・・・

じわじわと。やはり。まぁ。
なんか凄いよと思えては来るのですが。

破滅型の人生を送る人の道連れになりたくないな。
別に足をひっぱられるというわけでもないのだけれど。
わざわざ不快極まりない闇の底を覗きたくはない。

そう思わせる力量があるってことでもある。

はからずも。
私の根が驚くほど健全な養分から育っていると知らされた感じ。
ちょっと。残念というか、悔しいというか。

(2017.12.25)
「悪」や「残酷」「冷酷」ということには共振できるのだけれど。
「グロテスク」の要素は、昔からどうも生理的にダメです。
丸谷才一氏の訳も、作品との相性はイマイチな印象を受けました。

罪のスガタ  シルヴァーノ・アゴスティ

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シーライトパブリッシング
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洒落っ気ある残酷さ。

なるほど。著者は映画監督ですか。
実に。絵になる作品です。

ありそうな。
なさそうな。

決してありふれてはいないけれど。
突飛というには、どこか親しみのある・・・
そんな、加害者と被害者。

いえ。どちらも被害者なのか?
善いも悪いもない。
哀しいも嬉しいもない。

罪とは、絶望した人間の本質が表面化したものに他ならない。

人間を閉じ込めている牢獄は目に見えない。だからこそ、その檻は破ることができないのだ。

作中のこの言葉に、著者のメッセージは表れている。

そして。こんなにも明確に「罪」を語っているのに。
やはり、罪のスガタは明らかではない。

「罪」は結局。
その姿を見た者の中にしかないのかもしれない。
それが当人であれ、被害者であれ、傍観者であれ。

あなたにとって、その行為は「罪」ですか?
・・・そう問われたとき、万人が同じ答えは出さないだろう。

そのことは何かトテツモナク、残酷な現実だと感じるし。
一方、同時にそのことが小さな救いでもあると思える。

「罪」は結局。
ひとつの鋳型に嵌るようなものではなく。
だからといって、存在しないとは決して言えない。

(2017.12.5)
日本では無名の監督ですが。
彼の代表作である「カーネーションの卵」は。
フェデリコ・フェリーニ、ベルナルド・ベルトルッチも絶賛したそうで。
そのタイトルの不思議な魅力からしても、機会があれば観てみたいな。
(京都で過去に上映会は行われたようですが・・・)


家なき鳥   グロリア・ウィーラン

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白水uブックス
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心の鮮度が落ちている人に贈りたい。

この本を読んだ時の私がまさにそうでした。
生きるのが厭になったとか、死にたい訳ではないけれど。
ずっと。こうして耐えて耐えて耐える日々が続くのだな、と。

小さな楽しみを見つけることはできるとは思うけれど。
その楽しみの質や輝きも、どんどん落ちて行く気がして。

簡単に言えば。疲れてる。疲れ過ぎてる・・・心が。
降り積もる疲労と日々闘っていて。もう、うんざりしてる。

そう。そんな人に、ぜひ読んでもらいたい。

自分の身の上に起こる出来事は変わらなくても。
それをどう受け止めるか、感じるかは変えられるのです。

心の持ち様、と言ってしまえば何てことはないけれど。
その心を支える柱だか芯だかが折れている人が多い気がする。

主人公は。見たこともない男の元へ嫁がされる。
たった13歳。しかも相手は持参金目当て。
貧困ゆえの不幸、ここに極まれり・・・という展開。

それでも。主人公の少女の心は歪みません。僻みません。
妬んだり、憎んでも良さそうな相手に対しても優しさを保ち。
かと言って、天使のように善の心に溢れているわけでもない。

不満、悔しさ、哀しさ、淋しさ、虚しさ。
当然抱くべき気持ちは彼女の心にも生まれます。
ただ、それを育てることはしない。

自分が抱いている負の感情を押し殺すのはマズイ。
あるものはあるものと認めるしかありません。
その上で、それらに養分を与えることはしない。

恵まれない境遇でも、できる限り自分のやりたいことをする。
自分の好きなこと、自分にとって楽しいことを精一杯。
嫌いだけれどやらなければならないことも手抜きせずにやる。

泣くし。落ち込む。でも腐らない。

そりゃ。幸せになれますよ。なりますよ。ね。
こんな真っ直ぐな心が私にあるとは思えないけれど。
読み終えたあと、心がふわっと軽くなっていました。

まるで。爽やかな風が吹き抜けて。
心に積もった塵を吹き飛ばしていってくれたよう。
さらに、小さな可愛い置き土産も残して。

(2017.12.2)

オーウェル評論集  ジョージ・オーウェル

4003226216
岩波文庫
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評論集って、こんなに面白かった!?

とにかく。面白くて。
オーウェルの小説にはさほど魅力を感じなかったのに。
なんだ、なんだ、この評論集の楽しさは。

強い。優しい。明確。
読んでいる間、頭がぐるぐる回った。
回転の速いとは言えない私の頭が猛スピードで。

なんだかね。なんだかね。
脳が刺激されるわけなのです。

オーウェルの意見に賛成だとか、反対だとか。
納得するとか、しないとか。
そういうのを超えたところにある文章です。

カッコいい!

こう言える、こう書ける、ここに気づける。
鋭いとは言えるけれど、才気走ってるわけではない。

対象に接しているのではなく、深く切り込んでいる。
読みながらずーっと。ずーっっと。唸ってました。

個人的には。
「チャールズ・ディケンズ」が面白かった。
自称英国文学好きの私なのに、好きではないディケンズ。
それが何故なのかが、初めてわかりかけた。

わかった、とまでは言いません。
すごく大きなヒントを貰いました。

「好きになれない」ものには、当然理由がある。
その理由が明確でない時こそ、それは重大な理由で。
ええ。自分の性分が隠し持っている弱点もしくは特徴。

この話は長くなるので割愛させて頂きますが。

キーワードは「階級社会」です。
そもそも。私の好きな文学の背景には「階級社会」がある。
その存在の是非は問題ではなく、それが「在る」事実が問題。

その「在る」ものをどう判断し、どのように対峙するか。

私はディケンズの立ち位置に違和感を持っているのですね。
欺瞞を感じとった、と言ってもいい。
ただそれは「気配」でしかなく、証明は出来ません。

オーウェルの評論を読むと。
目から鱗が降るくらいの勢いで、そのことがわかりました。

でもね。オーウェルはどの評論でも。
すごく公平で。自分に都合の良い書き方をしていない。
だから読者も、一方的な考え方から一歩引いて物事を観れる。

読者に「可能性」を持たせてくれる評論です。
様々な方向から、様々なことを考えさせてくれる。

ああ。「考える」って。こんなにワクワクするものだったっけ。

取上げられている内容と。全然別のところに思考が飛ぶことも多く。
飛んだだけでは足りずに、ふらふら彷徨っていくのですが。
その散歩が楽しくてならない・・・そんな評論集でした。

政治的な方面は。正直、私の得意分野でなく。
やはり。文学に関することの方が頭が働くのは致し方なく。

でも。また。読もう。何度でも読もう。

(2017.9.22)
この本を薦めてくれた友に深く感謝。
  

プロフィール

Author:彩月氷香

とにかく本が好き
読書感想がメインですが
時々、写真や雑記も。

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