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ぶつくさ言いながら、4周年。

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私の誕生日かつ、ブログの生誕日・・・ハイ、今年もやって参りました。
この日は毎年、思うままに心境を綴るのが通例となっております。
参考までに過去記事を貼っておきますね。

2011年(1周年)「ダブル・バースデー その2~ブログ一周年」
2012年(2周年)「そして月日は巡る」
2013年(3周年)「気づけば、ブログ3周年」 

自分としては2012年の記事が好きです。
今では、こんな長い文章をブログで書くことはなりなりました。
思いを伝えたいという熱意は薄れているかもしれません。

定期的に「やめるやめる」と狼少年ならぬ狼オバさんのごとくに、
ひとり騒いでいるという・・・みっともない2013年でありまして。
そのままの勢いで、2014年に突入してしまいました。

その裏にあるものは、しんどいとか、虚しいとか、
自分のブログに対しての誠意の欠如が許せないとか、
単純に日常生活に追われているとか・・・色々ありますが。

書いた記事を自分で「いいな」と思わなくなったのが大きい気がします。

自分自身が納得できるか否かという点を気にしなければ。
淡々と読んだ本の簡単な感想を記して、続けていくのは可能です。
それでも別に良いんじゃないだろうかと思う自分と、
そういうのは嫌なんだ!と思う自分がいます。

本当はもっと言いたいことがある。読んだ本や、その他のことにも。
ただ、それを文章として紡ぐ気力が湧いてこないのです。

ひとこと何か書いとけば、まぁいいか。
読んでから日がたち過ぎて忘れちゃったから、
ツイッターの呟きの転載で良しとしよう。
こんな感覚ですものね・・・近頃。

簡単過ぎる感想でも、無いよりはいい・・・という一面もあるし。
どうしても「書いておきたい」と思う強い思いがある時だけ、
がっつり、ねちねち(?)書いたっていいんだし・・・

そもそも、気合を入れて書いてた記事の方が、
読者さんが読んで楽しかったり有用だったりするとは
限らなかったりもするわけだし・・・

まぁ、何でしょう、この消極的な言い訳節。
つまるところ、現状を「仕方ない」とは感じつつ、
納得はできていないってことなのです・・・結局は。

「やめたい」というのとは、本当は違うって・・・気付いていました。
「やめるべきなんじゃないか」って・・・そう思えて仕方ないんです。

ひと様に読んでもらうようなものは書いていないという恥ずかしさ。
それも勿論ないわけではありませんが。いえ、多々ありますが。

「自分」という読者が満足できるようなものが書けているかどうか。
ここが私にとっては重要で・・・今はその点は落第なんです。

それでも。やめてしまうのは勿体ないという気持ちもあるし。
次に休止したら、再開はないだろうという妙に力強い確信もある。

やめる決心がつかない、というのと。
やめたいとは本心から思ってはいない、というのと。
あ。ぐるぐるして来ました。これはヤバイ。終わりが見えない。

無理して決めることでもないかもしれません。
どんなものも(仕事・習い事・恋愛)、やめるしかない、と
自分でハッキリとわかる時は必ず来ます。

それまでは、縁があって生活の中に「場」を占めているものを、
理屈だけで追い出そうとはしない方がいいような気がします。

早々に決断した方が良かったってこともありますが。
それは振り返ってから後知恵で思うことであって。
自分の気持ちが決定してくれる瞬間を待つ方が後悔はないです。

というわけで、やめたくてたまらなくなるまでは続けますね、ブログ。
それが数日後か、数年後か、数十年後(!)かわかりませんけれども。

自分の気持ちには背きたくない、それに尽きます。
その「気持ち」も見失うことがあるのが大いに問題なのですが、
それにメゲズに自分の心に耳を澄まし続けようと思います。

ここまで、読んで下さった全ての方に感謝いたします。

職場の方は、もう説明する気力も湧かない状態です。
昨日、数年に一度しか起こさない「ブチ切れ」を発症しまして。
言いたいことをぜーんぶ、勢い良く吐き出してしまいました。

終り良ければ全て良し、と言いますし。
これから「今日」を良き日にする意気込みで過ごすつもりです。

写真は水栽培のヒアシンス。

つぶやき集 2013年11月(8)

生まれてこの方、犬も猫も飼ったことがないので、よそんちの子を鑑賞するばかり。犬も猫も好きだけれど、詳しくもない。でも、時々一目惚れをすることがあって。きょうのわんこの「バセンジー」という犬種には久々に惹き付けられた。まるで古代エジプトの壁画に描かれてるみたいなワンちゃん。

毎日ほぼ欠かさず、「きょうのわんこ」を観ているのだけれど。一目惚れした犬は今日の「バセンジー」の他には、数年前に登場した「スキッパーキ」しかいない。どちらもやや珍しめの犬だけれど、希少種が好きという訳ではなくて。自分が勝手に抱いている「犬らしさ」に合致するということなんだと思う。

たぶん、飼ったことないからそう感じるのであって。実際はたぶん、どんな犬でも猫でも可愛いと思う。雑種だって好き。あんまり小型すぎる犬は苦手だけれど。ちなみに猫はアビシニアンが好き。どうも古代種というのか、古い系統の姿に惹かれるらしい。こちらもエジプトっぽいものね。

なんか無性にイライラする。久しぶりにもの凄くイライラする。何かなくてもイライラする。何もかもにイライラ。ふつふつと煮えたぎるようにイライラ。途切れなくイライラ。はぁ・・・もう早く寝る。

ちっとも眠くないことに、ベッドに入って気付く。うわゎぁぁん。イライラを通り越して、哀しくなってきた。バカで、わがままで、ハタ迷惑で、大人げない。幼稚園児的な気分だ。いや、二歳児だ。静かに哀しいのでなくて、ドタバタと哀しい。誰かや何かのせいじゃなくて、全部自分が悪い。

泣いてる理由が自分でもわからなくなって、でも泣いてる自分が哀しくて泣いてる・・・そんな感じ。そのうちに、ただ泣きたくて泣いてる・・・に転じて。そんな自分の情けなさにますます涙がとまらない・・・という風な(比喩です)

物語ること、生きること   上橋菜穂子 瀧 晴巳

4062185687
講談社
Amazon

連名になっているのが、不思議だったんですけれど。
この本、聞き書きだったんですね。
それに関して、著者はこのように語っています。

 自伝ではなく、聞き取りならば、そこに現れてくるのは「自分が思い込んでいる自分」ではなく、「人から見えている私の姿」___読者が知りたい、と思って下さっている私の姿だろう。それならば、もしかすると、本にする意味があるかもしれない、と思えてきたのです。

ちなみに、本書は基本的に。
作家になりたい子供たちに向けて語る・・・という内容です。

「こうすればなれます」とか、「こうしましょう」ではなく。
わたしは、たまたまこうして作家になりました・・・と。
あ、言葉が悪いな。なりたかったけど、なれると思ってなくて。
でもなりたくて・・・という葛藤を乗り越えて、なれました、と。

著者の紹介を見ると大学の教授(しかも文化人類学)とあって。
私、ずーっと。教授が小説を書いたら売れちゃった?
へぇぇ。頭良くて、器用な人なんだなって思ってました。

違うんですね・・・。
この本の中で、上橋さんが号泣するシーンがあるのですが。
その時の心情を語った言葉にたいへん、共感しました。
ここには「親に迷惑をかけ続けられない」という想いが含まれています。

小説もダメで、研究者の夢もあきらめなきゃならないとしたら、私は、この先どうしたらいいのだろう。

とても彼女の人柄や悩みや挫折感に親近感を感じます。
一方で、ああやっぱりなと思わされる彼女の個性といえば。
ある種の潔癖さをはらむ強い正義感だと思います。
これは・・・私には全くと言っていいほど無いものです。

「私って、何?」ということよりも「人間って、何?」ということに関心がありました。「人」よりも「人々」に興味があったのだと思います。

この一節にも、彼女の「社会と個人」の関係の描き方から窺われる、
信条や信念の一端が表れているなと感じます。

あと。私自身、女子高出身なのですが。
彼女がそうだということは、ああ成程な・・・と。
いいとか悪いとかではなく、ありますね、女子高出身の「色」。

思春期に女の子だらけの中に暮らすということは。
人間形成に及ぼす影響はかなりあるんだなと思います。
まぁ・・・これは、個人的な感想というか、感慨です。

彼女のファンである人も、そうでない人も。
「物語る」ことを職業として選び取るまでの彼女の歩みから、
学んだり励まされたり、考えさせられたりするでしょう。

本書のタイトルの意味を語っているような一節があるので、
書き写しておきますね。これは私も心がけていることです。

 つらいとき、自分の外側に出て、「人生という物語」の中を、いま生きている自分を見る。そうしていると、つらい、悲しいことだけじゃないな、喜びもあるよな、と気づいたりする。


(2014.1.19)
高校二年の時、気の合う友人と文化祭で劇を上映したそうで。
原作は彼女が作り、ちょい役を演じたのが片桐はいりさん!
名前は出していませんでしたが、脚本を書いて演出した人も、
劇団俳優として活躍しているそうです。

以下は、本文から書き抜いた文章になります。
自分がメモしておきたかっただけなので・・・
お暇な方だけ、ご覧下さい。

関連記事

2013年9月に観た映画

2014.02.24 映画   comments 0
main_large.jpg 9/2
スター・トレック・イントゥ・ダークネス
★★★★

監督 J・J・エイブラムス
2013年 アメリカ 
132分

クリス・パイン
ベネディクト・カンバーバッチ
ザッカリー・クイント


「スター・トレック」のテレビもアニメも前作映画も。
ぜーんぜん、観たことはありません。それでも楽しめました。
マニアなファンのための映画かと思いましたが、そうでもなく。
たまに、こういうのもいいなと感じる出来の良い娯楽作でした。
何でしょうね・・・ご都合主義的な、いかにもな筋運びがあっても、
許せてしまう、気にならない、そういう安定感があります。
あ。3Dでなく、2Dで観たことだけが無念です。

つぶやき集 2013年11月(7)

職場の桜の木が色づいていた。落ち葉が大好きなのだけれど、なかでも桜は良い。一枚の葉っぱに色んな色があるのが良い。赤と黄と緑と茶のいずれかのうちの二種、あるいは数種、時には全てが混じり合いそうで混じらずに、ぼかし模様になっているのが良い。すっきり一色に染まっているのも、勿論良い。

今日は車でお買い物へ。新しい車に慣れなくちゃ・・・と。車体が小さくなったのと、あとメーカーが違うのとで、ブレーキもアクセルも踏み具合が全然違う。アクセルをちょっと踏んだだけで、びゅーと走るので怖かった。母はブレーキが軽過ぎて不安と言うけれど、私はブレーキの方はそんな気にならない。

母がプロ級の編み物上手(昔は友人のお店で実際に売っていた)な為、手編みセーターを着て育った私。自分も編み物は好きだけれど、そんなに複雑なものは編めない。ベストか手袋かマフラーくらい。余り毛糸を活用するのが好きで、毎年せっせと小物を編んでいたら、本当に「余りの余り」になってきた。

余り毛糸をいかにも「余った糸の寄せ集め!」ぽくならないように、何かに仕立てたくて。いいアイデアないかなぁ・・・とGoogleで「余り毛糸」と検索してみた。こういう場合、画像検索すると一目で色々見渡せていい。そしたら、恥ずかしいことに過去に私の編んだベストも出てきた(汗)

アイコンと背景を変えた・・・気分転換に。モノトーンも落ち着くけれど、少し色が欲しくなった。蝶々のピアスが小さな写真だとわかり辛いのは残念。

やっぱり体調の悪い時は、SFかファンタジーか、現実離れ気味のミステリが読みやすいように思う。手元にはあまり無いので、近々調達してこよう。
  

プロフィール

Author:彩月氷香

とにかく本が好き
読書感想がメインですが
時々、写真や雑記も。

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