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わたしがラクするモノ選び  Emi

2016.03.31 モノ   comments 0
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主婦の友社
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面倒くさがりだからこそ、
ラクするための工夫やモノ選びにこだわる。

・・・と著者はおっしゃいます。

「整理収納」はモノ選びから始まっている。

それは確かにそうかもしれない。
いくつか、彼女が取上げていたものをご紹介。

B0009WCIFY貝印 SELECT 100 キッチンばさみ DH-3005
貝印

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時短になるから愛用しているというはさみ。
野菜もきのこも、お肉もこれで調理するそうです。



B002PAPXC8AL Colle ハンドブレンダー AHB-200/ST ステンレス
アルファックス・コイズミ

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パーツが「混ぜる」しかない、という潔さ。
ゆえにシンプルで場所もとらないブレンダー。



B005H2DC5Giwaki パック&レンジ システムセット グリーン PS-PRN-G7
iwaki

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これは我が家でも愛用しています。
レンジでチンできるガラスの保存容器。
Emiさんが紹介していたのは白いフタでしたが。



画像はありませんが、クロワッサンの店の「あみたわし」
これもいいですね。ウチではこれの元祖と思われる、
「サラッシュ」という商品をずーっとずっと使っています。
ええっと。ちなみに、サラッシュはこちら。
色が派手目なのが難点ですが、使いやすく、清潔。

B0052T0CE8ズビズバ サラッシュ立体タイプ 隅々まで洗えるあみたわし
旭化成ホームプロダクツ

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あと。これも画像ありませんが。ものすごく気になったのは、
カークランド ストレッチ タイト フードラップ
巨大で超ロングのラップで、コストコで売っているそうです。

それからそれから。無印のアルミ洗濯ハンガー。
これも、もしかしたら良いかもしれないな。
洗濯干しに使い、そのまま乾いたら服ごと収納するそうです。
(画像はありません)



B00F27U1UKコクヨ プリット ひっつき虫 タ-380N 2個セット
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これも、使ってみようかな。
写真などを飾るのに便利そうです。


全体に。私とは好みが大きくかけ離れていたので。
正直、参考になる部分は少なかった・・・

やっぱり、私はシンプル過ぎるのって好きじゃないんだな。
不便で手間がかかるやモノの方が愛着が湧くな。

まぁ。そうは言っても。実際には時間不足なので。
メリハリを持って「時短」にできるところはそうしたいです。

お子さんのいらっしゃる主婦の方には特に参考になる本かな?

(2016.1.27)
Emiさんとは方向性は異なるとしても。
モノ選びと収納を結びつけて考えることは見習いたいです。


雪は天からの手紙  中谷宇吉郎

2016.03.30 未分類   comments 0
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岩波少年文庫
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 恐しいもので、この「茶碗の湯」を数行よみかけたら、これは寺田先生以外には誰も書けないものだとすぐ直感された。それは、文章の良い悪いなどの問題ではもちろんなく、また内容が高級で表現が平易であるなどということを超越したものであった。強いて言えば、それは芸が身についた人の芸談にあるような生きた話であった。

 しかし前人未到の最初の着想というものは、決して安易な思いつきで得られるものではない。それはどこまでもじっとくい入っていく人間の精神力が、凝りに凝ったものなのである。

 学者というものは、とかく新聞記者が嫌いな人が多い。その理由として間違ったことを書くからというのは、いかにももっともである。しかしこの頃の一流の新聞では、そう全くでたらめを書くようなことはめったにない。それよりももっと分かった人は、どうも新聞では、活字の配置と重点の置き方で、全くの嘘ではないが、まるでちがった印象を読者に与えるように書くから困ると言われるようである。この抗議はいかにも急所をついた話であって、今日のジャーナリズムというものの本質の一面をよく表していると思われる。

何か思いついたことがあったら、おっくうがらずに「ちょっとやってみる」ということが大切である。思いつきというものは、一度手をつけておけば忘れないが、そのままにしておくと、どんどん忘れてしまうものである。


雪の研究で知られている著者のエッセイ集なので。
このようなタイトルがついていますが。

実際は雪の話ばかりではなく、線香花火や米粒や、
千里眼や、卵、霜柱・・・などなど多岐に渡ります。

科学の面白さを身近なものを題材に教えてくれます。
それは科学ということだけではなく学問ということでもあり、
もっと言えば探求的な生き方ということなのだと思います。

とても気持ちのよい文章で、さっぱりと清々しい。
著者は寺田寅彦の弟子だったそうで、
師を尊敬する心の篤さもよく伝わってきます。

そう、そう。いいんだなぁ・・・寺田寅彦の文章。
昔、随筆を愛読していました。
久しぶりに読み返してみようかな。

(2016.1.29)
著者の専門分野の雪の話はもちろん、愉しい。
もっと読んでみたいので、著作をあたってみるつもりです。

文人悪食  嵐山光三郎

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新潮文庫

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面白い。
作家というものは。
何と業の深い生き物だろう。

食に限らず。
「生きる」ということに貪欲で。
その「食らう」エネルギーに圧倒される。

もっとも、これは嵐山氏の目線ゆえもあるのだろう。
悪どい面がクローズアップされ気味なきらいはある。

それでも。
流布されている作家の印象が大幅に美化されていることも事実。

嵐山氏の筆致が、人物を語るにしても妙に「美味しそう」で。
質感や旨味というものが滴るような描写が愉しい。

たとえば、有島武雄はこのように描かれる。
財に恵まれ、才に恵まれ、容貌に恵まれ、そのうえ偉ぶらない自省の人であり、現在でも、これほど男の条件が揃っている人はちょっと見あたらない。まったくの話、西洋葡萄がよく似あう人物なのである。葡萄色の深い憂愁をたたえ、全身に鮮紅色の液が流れ、視線は透明でとろりと甘い。


本当なのかしら?と疑ってしまう面白い逸話としては。
アメリカでは一番親しまれている俳人は芭蕉でなく山頭火であり、
なかでも「まっすぐな道でさみしい」が好まれ、
「This straight road,full of Loneliness.」
と訳された句を暗唱しているという・・・へぇぇ。

その山頭火はこんなことを言っていたことがあるそうだ。
「自分は与えられる側ではあるけれども、与える先方の者よりも上だという意識がなければならない。さもなくば、本当の意味で『貰う』という事は出来ないものだ。自分が上だと信じていてこそ、初めて経の声もろうろうと出てくるのだ」

著者はそんな山頭火をこう評する。
句がなければただのゴロツキである。日々の生活がすべて句に集約されていくわけだから、句を成立させるためにゴロツキになった。これは放浪者のすべてがそうであり、放浪者は自分勝手である。わがままである。わがままの果ての自我を見定めて、書くから、人々は眩惑され、畏怖し、尊敬する。


志賀直哉に関しては、こんな感じ。
 直哉の小説世界は、日常の嫌悪感に始まって対立と苦悩を生み、解決にいたる。薄気味の悪いガマを照り焼きにして食べたところ、じつはうまくて活力が出た、という話と似ている。(中略)料理を自ら行うものは、食欲への狂気をはらみつつも自省と調和が求められる。なぜならば料理は現実に食うものであるからだ。耽美派谷崎は、食への好奇心と猟奇性においては直哉を凌駕するが、庖丁を持たせれば志賀直哉の方が達人であった。


芥川龍之介は、こんな風。
 芥川の文章は一語一句をゆるがせにしない潔癖性があり、みがきぬかれた文体はきしみあいスックとたちあがっている。しかし、理知的がゆえにダシがきいていない。芥川の指先は味覚を感知しなかった。作家もまた人間であり、食ったほうが強い。鋭利でありながらもろい精神は必然的に自己破滅へむかう。


宮沢賢治に関してもなかなか辛辣で。
 自己分裂している。
 東京にあこがれ、九回も上京しながら、花巻の地方性に執着する。衣服などどうでもいいと言いながら高級なインヴァネスを着る。芸術をめざしつつ純農民になりたがる。生徒にむかって「純粋な百姓のなかから芸術家はできない」と言い放つ。傲慢と自戒が共存している。自己犠牲と奉仕を至上としながらも、他人の親切をうける度量に欠ける。卑下しつつ、他の人の上にたつ。自己を捨てながら自己愛のかたまりだ。ネガティブな自己中心主義者である。
 それらの分裂した自我が、賢治のなかで統一され、賢治文学の魅力となっていくのだが、自虐的粗食は、裏返しの自己愛という意味で美食と裏腹である。もとより貧乏がなせる粗食ではない。


川端康成の描写も面白かった。
この二つの小説が評判になったのは、読者の心のなかにある通俗の願望をうまくすくいあげたためだが、これらの小説を純文芸の位置に高めたのは、恋と苦悩の刃の上を、孤絶した自我が怪しい波をたてながら渡っていくからである。それが康成の真骨頂であり、その奥に透明なニヒリズムがカチカチと音をたてている。それは、孤児として育ち、友人たちに寄宿した康成の精神と無縁ではない。
(*二つの小説というのは「雪国」「伊豆の踊り子」のこと)

これは、檀一雄の章に出てきた言葉。
 料理は人を慰安する。
 素材を煮込んだり、蒸したり、焼いたり、いろいろといじっている混沌の時間は、狂気を押さえつけ、ひたすら内部に鎮静させる力がある。料理に気持ちをこめることは他の欲望をしずめるための手段である。


それから、池波正太郎。清々しい。
 成人して小説家となった池波さんが、おいしい料理を作る職人の気分で小説を書いたことは、ごく自然のなりゆきであった。食べ物のことを書くと、小説は品がなくなりがちである。池波さんにあっては、品がなくなるどころかますますおいしく、よい匂いのする小説を書いた。これは、池波さんが小説を書く好奇心と同じレベルで料理に接していたからである。


最後の章は三島由紀夫。
三島に関する文章はさほど魅力を感じなかった。
なにか、どうにも、著者も「捉え切れていない」印象がある。

しかし、こんなところの描写は好き。
 三島氏は、カチンカチンの「意志」を塗りかためたガラス細工のような視線で、目がピカッと光っていた。

 三島氏は、「虚偽と純粋」をあわせ持っていた人である。人並みなずれた嘘と、人並みはずれた真実を、魔法使いのように使いわけた。じつは、これは料理の手法なのである。三島氏は、知の料理から出発した。


そして文句をつけつつも、最後の一文は私の気持ちと合致した。
しかし、かりに、三島氏が自決せずにすんでいれば、三島氏は谷崎潤一郎をこえる料理小説を書けたはずである。三島氏が華麗な文体と想像力で展開する料理はいかなるものになったであろうか。考えるだけで胸が震える。

うん。読んでみたかった。三島の描く料理小説。

(2016.1.6)
読後に呟いたものが発見されたので、載せておきます。
ツイッターはやめたんじゃないの?と突っ込まれそうですが。
別のアカウントで、月に一度程度つぶやいています。
読書記録用として残そうかどうか悩んでいるところ。

嵐山光三郎「文人悪食」読了。面白過ぎて困った。並み居る文豪達の食欲の旺盛さと我儘ぶりとそれを支える自意識の高さと才能と。生きることを苦しむにも楽しむにも、活力があり余って暴走しているとしか思えないのだけれど。彼らの頭の中で味も磨かれ、あるいは意味付けられ、物語になっていくのだ。

苦手としている作家ほど不思議とその味覚のこだわりや背景にある生い立ち、それによって生じる奇矯なるふるまいが面白く感じられ。幾人かの作家に関しては読み直してみようという気が湧いた。思えば、まだ人生を知らぬ頃に読んだのだもの。今ならば当時感じ取れなかったものが響いてくるかもしれない。

たくさんの作家が取上げられ、ひとりひとりに割くページ数はさほどのものではないのに。密度が濃くて。胃もたれするほどのこってりとした味だった。知っているエピソードもあったのに。それは違う方面から見ていたから。著者の的確な客観的な指摘に今更のように驚いたりもした。

解説で触れられていたけれど。著者の編集者としての目が生きている。作家の目、身内の目では、このように描くことは出来ないだろう。作家のイメージは少々残念なほどに壊される面もあるが。どちらにせよ、物を書く人間の並々ならぬ業の深さに、胸をつかれつつ、しんみりもさせられる。

いい言葉は、いい人生をつくる  斎藤茂太

441507068X
成美文庫
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朝一番に遭遇したことはポジティブに捉える

たとえば、スケジュールいっぱいなら

「これだけ自分を待っている人がいる、ありがたい」○
「ああ、予定表を見ただけで疲れる。時間がない」×


自分の欠点と思うところも長所と捉える

 行動がのろい
 →のんびりマイペース


ものごとの感想は明るく

 雨で憂鬱
 →これで蒸し暑さも収まる


以上、ざくっとした、まとめ。
以下、引用。

 自分で自分を評価できなくて、どうして長い人生を生きていかれようか。自分は自分自身の最大の味方であり、最高の評価をする人間でありたい。

 トラブルに遭遇したら、「これを乗り越えれば、自分は一段階スキルアップできる。人間的にも一段階ステップアップするチャンスなのだ」と前向きに考えよう。

 人は人、自分は自分だ。誰だって、人生は一回きりしか生きられない。自分が本当にやりたいこと、ほしいものを目ざして進んでいく。それが人生の成功というものだ。そう気づけば、他人の動向など、あまり気にならなくなるはずだと思う。

 笑顔は人のためならず。ニコニコ顔の効用は、相手を快くさせることばかりではない。笑顔を心がけているうちに、自分自身の心までときほぐされてくるのだ。

 悪い感情は話さず書こう。書いた紙はしまい込もう。

 他人の悪口は両刃の剣。相手にとって不快なだけでなく、悪口をいった本人にもイヤな後味が残ってしまうものなのだ。

 もし、あなたが部下をもつ身なら、100回叱るよりも、1回ほめるほうが部下を大きく育てるものだということを心に刻んでおこう。

 背筋をシャンと伸ばして正しいマナーで食事すると、これが意外なほど気分がよい。医学的見地からいっても、マナーにかなった食べ方は内蔵に負担が少なくて消化によく、むろん、健康にもよい。

 仕事にはある種の勢いが必要だ。勢いが職場に活気を生み、周囲の人を、やる気という渦に巻き込んでいく。
 行動がスローモーな人はたいてい、心に大なり小なり鬱屈したものを抱えている。あるいはその仕事にやる気になっていないか、そのいずれかだ。

 仕事はつらいと思ったらつらくなる。これをゲームだと思えばいい。なんとかしてこのゲームに勝とうと思えばつらくなくなる。

 人と一時間話をすれば、厚い本を一冊読んだのと同じくらい何かを得るものだ。

要は、ポジティブに生きましょう、ってことですよね。
この種の本なら当たり前のように述べられる定番の考え方です。

でも。「ポジティブにならねば」という負荷がかかることもなく、
何となく、読んでいて気が楽になってきます。

この辺はきっと、著者の人柄の発するものなのでしょう。

(2016.1.3)

つぶやき集 番外編 4

自ら切った糸の端を。ふと思い出して、握ってみる。もう繋ぐことはできないし。繋ぎ直すことを願っているわけでもないけれど。やはり。切れた糸の揺れる姿に胸はザワザワと騒ぐ。悔いてはいないけれど。切ることを選んだ自分が哀しく思える。

自分の居場所を減らし続けている。元々たくさんあったわけでもないのに。どんどん、自分の立つ場所の面積が狭くなる。そのことが良いのか悪いのか、わからないけれど。そうせずにはいられなかった。

ひとりぼっちになる準備を進めているような気もしてくる。

もう十分に。たくさんの大切なものを。自分の心から追い出してしまったのに。これ以上、私の嫌いな物で心を埋め尽くさなくてもいい。絶対に好きになれないはずの人間にも同調し始めるほどに。環境は人を蝕むのだ。共通の敵を持つことで。相容れないはずのものが、同仲良く並び立つことが出来る。
  

プロフィール

Author:彩月氷香

とにかく本が好き
読書感想がメインですが
時々、写真や雑記も。

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