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サラとソロモン  エスター・ヒックス  ジェリー・ヒックス

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ナチュラルスピリット
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「幸せの流れ」に向かい、心の扉を開けたまま生きる。

心の焦点の合わせ方、ということが描かれた本です。
いわゆる「引き寄せの法則」ですが、
「望めば叶う」とは書いてありません。

副題に「少女サラが賢いふくろうソロモンから学んだ幸せの秘訣」
とある通りに、物語仕立てですが、これがよく「わかる」。

サラが私そのままじゃないかというくらい共感できる少女。
一人で考え事をするのが大好きで、世捨て人になりたいと願い、
周りの音を全部消しちゃいたい!と常に思っている!

ソロモンという梟に出会い、彼女は学んで行きます。
それは前向きになれば幸せになれるということとは違います。
極めて似ていますが・・・やっぱり違います。

ソロモンの言葉を引用してみましょう。

君が喜びを感じられるかどうかは、君自身が何に対して自分の注意を向けることを選ぶかということにだけかかっているんだよ。

同じ対象を見ても、たくさんの異なる状況を見つけて、
焦点を合わせることができるわけです。

でも、これ!と選んでいる人は実は少なく。
無意識に何かに焦点を合わせてしまっている人の方が多い。
それが自分にとってマイナスになる方角であると気付かずに。

自分の感じ方で、自分が選んでいる心の向きがわかる。
気分が良くなることを考えなさい、というのがソロモンの教え。

君がここにいるのは、味わい愛でることができる物事を選ぶためなんだ。味わい愛でることによって、君自身の波動が君が見つけようとしていた完璧な状況の波動と同じ波動になる。そうしてこそ、その完璧な状況を自分に引き寄せられるんだ。

単純に前向き、ということではありません。
「味わい愛でる」この言葉が、とてもいい。好きな言葉です。
私が本来は得意なはずのことでもあります。
それが出来る間は、確かに私は自分の望む方向を見ています。

視線の先の方向へ、人はやはり進むのです。
足を動かしている意識がないとしても。
歩く力なんかない、と思っていても。

(2017.2.2)

心の副え木

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ブログトップに広告が表示される前に復帰するつもりでしたが。
今朝、とうとう出現。もう一ヵ月が過ぎたのですね。
(注:この記事が投稿された時には消えています)

ブログの更新の途絶えていた間は病んでおりました。
体調も崩しましたが、同時に心も不調に陥り。
自覚できる範囲であるからには、治るはずですが。
伏せっているうちに、加速して悪化して行きました。

ある日、ぽきん、と心の折れる音がしました。
聞こえた気がするというのが正しいでしょう。
ポキンなのか、パキンなのか、バリッなのか、
言い表そうとして思い出せる音がある訳でもありません。

あ、折れた。
そう感じた瞬間があっただけです。
近頃「心が折れる」という表現を多く見聞きするようになったから、
たまたま、その言葉が浮かんできたのだろうとも思います。

言葉にしないほうが良かったのです。
「心が折れた」という言葉を思い浮かべてしまったために、
私はいっそう沈み込み、立ち上がる気力を失くしました。

仕事は二度と行けないかもしれないと考えましたが。
五日(合間に正規の休みも挟むので実質三日)欠勤した後、
どうにかこうにか、復帰しました。

収入が途絶えては困るという現実が勝つくらいですから。
心が折れたと言っても、たいしたことはないのです。
もしくは、「折れた」と本人が思いこんだだけなのです。

それでも。その後、多くのことが出来なくなりました。
仕事へ行く。帰宅する。それはかろうじて出来る。
余暇はただ、横になっている。本も読まない。読めない。
うつろな心は何もしたがらないけれど。それでは時間が過ぎない。

テレビを見る。つまらない。
でも。テレビを見続ける。非常につまらない。
スマートフォンでゲームをする。止まらない。
面白いわけではなくて。もう他に何もしたくないから続ける。
で。延々とゲームをやり続けました。

ちなみに。私は単純なパズルゲームしかしません。
やっている間、心は「無」です。
隠すことでもないので、ゲーム名を明かしますと。
「Threes!」という、ひたすら3を作るというゲームです。
あとは、Lumosityという脳トレ系のゲーム。

やりだしたら止まらないのがそもそもゲームでしょうが。
私はもともとゲームというものが不毛で嫌いなのです。
でも、もう何をやっても空しいのは同じなので、ゲームがいい。
いえ、そういうことを考えているわけではなく。
そもそも何も考えたくない、考えられないからゲームをするのです。

いつ終えたらいいのかもわからないし。
終わらせることもできないし。
目が痛くなっても続けて。腕も痺れてきて。
やっと、不毛な時間を積み重ねる自己嫌悪が生まれてきて。
しかし、その自己嫌悪も常に感じるものより身にしみない。

だからなのかどうか。
疲労と自己嫌悪ますますを募らせながら、まだ続ける。
ゲームをやり出して止まらないというのは、私にとってそういうこと。

綺麗好き、整頓好きで有名な私ですが。
こうなると流行りの汚部屋の住人へと、日に日に近づいていきます。
片づけることが一切出来ないのです。気力が湧かない。

もともと少ないとはいえない持ち物が狭い部屋に犇めいている状態で、
それでも、秩序とバランスを考えて配置しているから片付いているのです。
あっという間に、物の上に物、その上に物、そして、雪崩れる。

普通だったら。私はこういう時、本を読みます。
本が読めないとわかった時はショックでした。
読んでも意味が頭に入ってこないのです。
文章を脳が、そもそも目が文字を拒否する。
写真集やら画集など、目が楽しむものも開く気にもならない。

もちろんカメラも持ちませんし。
ブログを書くなんて、とんでもない。

一ヶ月ずっと、そうだったといわけではありません。
最後の方は、少しずつ本が読めるようになり。
ゲームをする頻度は減り(でも、気がついたらやっている)。
友人に宛ててメールを打てるようになり。
家事を少し、やり。部屋を片付け。美容院へ行き。

もっとも、美容院は気分転換ではなく、アルバイト。
モニターとして、接客や技術に関して匿名で偵察に行くのです。
そのレポートを書くのが非常に神経が疲れる仕事なのですが。
まぁ、それも気がついたら、無事に終えていました。

ブログは書こうと思えば書ける、という段階になったと自覚して。
それなのに、それからも日は流れて行きました。

ブログを辞めてしまう人は。
さぁ今日から辞めるぞ!というのではないでしょう(例外はあります)。
一度、休む。何か、休みたい理由があったり、なかったり。
たいていは、仕事かプライベートか健康問題で何か変化があるでしょうが。
必ずしも、そうとは限らない。ともかく、人間、休みたくなるのです。

当然、いつか再開するつもりではいる。
実際、間をあけて復帰する方もある。

けれど。長期間更新しなかった人は。たとえ一度戻ってきても。
「お久しぶりです」の後、またしばらくぽつりぽつりと更新して。
でも、ふっつりとまた途絶えて。
それを何度か繰り返すうちに、ふっと消えてしまう。

そういう人(ブログ)をたくさん見てきました。
私自身、そのようにして終えたブログがあります。

このブログもそうなるかもしれないな、と。
心が折れたと感じた後の日々に何度か思いました。
書くことも読むことも、もうしない・・・とは言わないけれど。
いつか、始めるとしても、この場所に帰ってはこないかもしれない、と。

それでも。挨拶をせずに辞めることはしない、と決めています。
このブログはやはり、私にとって特別なのです。
どんなに短くても、どんなに長過ぎても(こちらの可能性が大)、
読んでくれる人がいようといまいと、お別れの文章は書くつもりです。

今朝、この部屋(私は当ブログを「部屋」と呼びます)の一番上に。
スポンサー広告が表示されているのを見た時。
ああ、消したい、と思いました。

書き始めるまで、再開通知になるのか、終了報告になるのか、
まだ、はっきりとは心には決めていませんでした。

続けてみようという想いの底に。
何度かの短い延命の、スタートにしかならないかもという予感があって。
それは、できればしたくない。辞めるなら、すっぱり辞める。
続けるならば、毎日とは言わないけれど、コンスタントに続ける。

気まぐれでもいい・・・というのは、断固、なし。
それが出来る性分ではないことはわかっています。

さて。折れた心のその後の話。

私は恵まれているのですね。
数少ないですが、「心を折れた」ことを報告できる友人がおりました。
その友人が私の心に「副え木」をしてくれました。

実感としては。私の心はまだ折れています。
でも、繋がりかけているのだなと感じています。
折れた直後は誰がみても「ちょっとヤバイ」感じでしたけれども。
今は、ごくごく親しい人にしか、異変は見えないでしょう。

治りかけの時期が、一番、心は忙しくなります。

心の底力を試されている感覚があります。
ああ私はやっぱり、しぶといな、と妙にしみじみと感心したりもします。
乗り切ったとは言えないけれど、たぶん、やり過ごせます。

近頃は、自分が持っているもの、持っていないもの、を考える日々です。
失ってしまったもの、失いかけているもの、これから失うであろうもの。
持っているものは少ないと思いこみ、信じ込んでいましたが。
そうではないよ、と教えてくれる出来事や人との出会いもありました。

「自分で自分を救う」キャンペーン、を脳内で繰り広げていたような・・・
そんな、ここ数年であったと今振りかえって、ふと思います。

それは思いあがりでしたね。それは出来っこないことです。
だからと言って、他者や神様に救って貰おうというのではありません。
また、そのことに関しては長い話になりますから、もしも機会があれば。

ここまで書いてきて、やっと「締めくくり」が見えました。
このブログを続けることも。私の「心の副え木」になるのだ、と。
今日私が言えることは、言いたいことは、そのことだ、と。

最後まで読んで下さった方に心より感謝いたします。
  

プロフィール

Author:彩月氷香

とにかく本が好き
読書感想がメインですが
時々、写真や雑記も。

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*ブログタイトルの由来

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