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祝う気持ちにはなれないままに。

当ブログも、9周年を迎えました。
私も、かなり老人に近づいてきました。

ご存知ない方のために補足しますと。
当ブログは管理人の誕生日にスタートしておりますゆえ。
今日は、誕生日が重なる日なのです。

先月に父が急逝して以来。
本はあまり読めていません。
読む気も起きないというより、読む時間がありません。
この時間不足は一過性のものではないと思います。

書きそびれている過去の読書の記録も。
ただの一冊分も書けてはいません。

どうなるんでしょうね。これから。
今のところ、それどころじゃないのが本当のところ。

その割には更新はせっせとしておりますが。
これは溜まりに溜まった過去の読書感想を放出してるだけ。

もっと小出しにすれば、寿命が延びるかもと思いつつ。
記事が切れた時が決断の時、というつもりでいます。

本は読み続けるのだろうか。
読むとしたら何を読むつもりだろうか。

今までの半分しか読めないとしたら。
読む本を絞るしかありません。
いずれはそうなるのだろうとも思います。

まだ。でも。何もかもが。
ひたすらに精一杯で。
頭の整理が追いついてきません。

今は。模索しながら。
新たな生活のペースを創っている最中です。

時間がかかりそうです。

予定は未定。
先の展望とか、希望もゼロ。

あ。別に暗い気持ちで言っているわけではありません。
そういう段階ではない、っていう事実を述べてるだけ。
投げやりなわけでもなく、それ以前に問題が山積みすぎるだけ。

片付けなければならぬ問題たちに。
うんざりしてるとか、気が重いとか、そういうのもありません。
妙にそこのところは冷静で落ち着いているのです。

やらなきゃいけないことは。順番にやるしかない。
やり続けていれば、いつか終わる。

それらが終わってみないと。
私は何かを考え始めることはできないのかもしれません。
終わった時には。一体、何が起こるんだろう。
私は、どこにいるんだろう。

それまでは。
それでも時々、本を読み。
もしも書けるようなら感想を書き。

それ以外にも。
ずっと、当然のようにやってきて。
今では手につかなくなった多くのことのうち。
再開できるものは再開し。辞めるものはすっぱり辞め。

そうだな。
大きな大きな片付けの期間なのかな。

このブログも「片付ける」対象になるのかどうかの決断は。
当分、先送りになりそうです。

キリが良いのが好きな私のことだから。
せっかくだから10周年は迎えたい、とか言い出すのかな。

わからないな。
何のイメージも。願望も。湧いては来ないな。

ただ。思えば。
読書が好きなだけできるって。
とてつもなく贅沢な暮らしでしたね。

いや。もっと読みたいっていつも思っていたけれど。
今となっては。どんだけ欲張るつもりなんだって話。

でも。失って哀しいとは全然思わないんです。
今まで出来ていて、今できなくなった全てのことを。
私が失って哀しいのは、父の存在だけなのです。

ほんとうに大切なものなんて。そうそうあるものじゃない。
今ある生活を失うこともそれほど大きいことには思えません。
というよりも。父が亡くなった時、生活はもう壊れたんです。

自分でも驚くくらい。
自分の時間と呼べるものがない生活を。
今、不満にも不自由にも思わず暮らしています。

いや。ほんの少しは「ある」。ちゃんと。自分の時間も。
それこそ。「隙間」に発生するだけだけれど。
なぜだろう。それで十分だと感じられる。
だから。不幸だとは思わない。

単純に。数値換算的に考えれば。
あらゆる面で「貧しく」なった私の生活を。
それでも。自分なりに「豊かに」していきたい。

それができる、と信じていられることが。
私を支えているのだと思います。

簡単に言えば「足るを知る」を促進中ということです。
そもそも父が「足るを知る」の達人のような人でした。
そのことを思い出すと。どんな時も心の波は鎮まるのです。

物や状況を改善することで豊かさを目指していない。
何もかもが客観的にはマイナスになったとしても。
私の心の中ではプラスにしていこう、していける、と。

行動が無意味なわけでもなく。
動いて変えていける部分もあると思いますが。
まずは。自分の心の持ち方から変えていこう、と。

まぁ。別に。そこのところを頑張ってもいないのですが。

長くなりました。
相変わらず、何を言ってるんだかわからない文章ですみません。
訪れてくださる皆様に心より感謝して、おしまいに致します。

以下、今までの「誕生日記念記事」のリンクです。
未読かつ、ご興味のある方、かつ暇のある方はどうぞ。


2011年(1周年)「ダブル・バースデー その2~ブログ一周年」
2012年(2周年)「そして月日は巡る」
2013年(3周年)「気づけば、ブログ3周年」 
2014年(4周年)「ぶつくさ言いながら、4周年」
2015年(5周年)「とうとう5周年。ありがとうございます。」
2016年(6周年)「あ。そういえば誕生日だった・・・」
2017年(7周年)「続けて行く決意。」
2018年(8周年)「まだ定かならぬ決意とともに。」

『「ずるい人」が周りからいなくなる本』大嶋信頼

4413230574
青春出版社
Amazon

「ずるい人」への対処法

読後のメモのみです。
意味不明かもしれません。

前もって補足しておくと。
効果のほどはわかりませんが。
面白く読みました。

そして。いえ。
やっぱり効果あったかもしれません。

私もずるい人に囲まれて苦しんでいて。
それがいつの間にか、解消されました。

他にも色々やったので。
この本のおかげとは言えませんが。

おまじないはともかく。
考え方は共感ができました。

ずるい人に振り回され、
自分の利益も心の平和も奪われ、
疲弊し切っている人は読んでみて欲しいです。

以下、ただのメモ。


「ずるい!」って思えば思うほど。
ずるい奴に自分のものを持って行かれる。

「ずるい!」と思ったらこう唱える。
「私のものは私のもの!」

「ずるい人」=花粉のような存在

花粉症をマスクで予防出来るように、
また花粉症の症状がでない人もいるように、
「ずるい人」にひっかからない、
「ずるい人」に反応しないようにする方法がある。

花粉症は「いいもの/悪いもの」の判断システムの暴走。
それで、くしゃみや鼻水がとまらなくなって、しんどくなる。

「ずるい人」に遭遇したときも「正しい/間違っている」の
判断システムが暴走すると、自分に実害がないのに反応しちゃう。

花粉は侵入させないようにする。
同じく「ずるい人」に対しては相手を目に入れない努力を。

「見ない」「気にしない」と意識すればするほど目に入るもの。
だったら、お薬を飲みましょう。

著者のやり方。
遺伝子のスイッチをオフ。

「TNFの還元」
「IL10の還元」
「IL6の還元」
「CD40LGの還元」
「CD79Aの還元」
どれかを7回唱える。

人によってコードが違う

「ANGPTL4の還元」

「アドレナリンの分泌」と7回
ストレスホルモンの上昇を助ける。

ずるいと思うことは人それぞれ。
タイプ診断がある。

私の場合のおすすめの暗示は
「思考の中和」か
「MAPTの還元」
7回

いい人を演じて疲れてる人
「事象と記憶の統合」
「ANGPTL4の還元」
どちらかを7回

ずるい人を責めないこと
相手は余計暴走する。


(2018.8.15.)

大人の日帰り

2019.02.25 未分類   comments 0
4874354548
京阪神Lマガジン
Amazon

日帰りできる名所は行き尽くしたかも。

だーめだ、こりゃ。
ド・定番しか載っとらん!
もー行きましたわ。どこもかしこも。

いやいやいや・・・
行ったとこないとこがほぼ無い!
ベタ過ぎる! つまらん!

ここに載ってはいませんが。
私がまた行きたい本屋、長谷川書店へ行った際には。

14分ほど歩きますが。
水無瀬神宮に立寄り、名水を頂くとしよう。
うん。ここだけ気になる。行ってみたい。


水が良かった。伏見の御香宮神社の水と同じくらい良かった。
(google地図の口コミより)

あ。伏見もいってないわ、あんまり。
ていうか。京都の神社の名水巡りとかいいかもね。

(2018.9.1)
「日帰り」というのは。関西圏での話です。
「長谷川書店」というのは。
憧れの京都の「三月書房」に次ぐ、素敵な本屋さん。
小さな本屋さんですけれど。品揃えが最高。

『存在感のある人』アーサー・ミラー

by カエレバ

幾たびか、涙ぐむ。

短篇小説集です。
著者は劇作家として有名ですね。
かつてマリリン・モンローの夫だったことも。

そんなことは頭になく、聞いたことある名前だなと。
でもそういえば読んだことないよな、と。
例によって例に如く、軽い気持ちで読み始めました。

いい。
さりげなく、何気なく、上手い。
心の隙間にスルリと忍び込む、憧れや怖れや悔いなど。
閃くように描き出す。一瞬、暗闇に浮かび上がるように。

痛切でもあり、残酷でもある人生を。
そのままに。救い出すことはなく描写しているけれど。
筆致なのか、目線なのか、洗練されていていて。

劇作家だけあって。
何だろう、型が綺麗。
美しい泳ぎを見ているような。
もしくは、歩く姿の美しい人に出会ったような。

最晩年の作品だそうで。
それなのに老いは不思議と感じない。

『パフォーマンス』
『テレビン油蒸留所』

この二作が特に好きです。
どれか一つ選ぶならば、後者かな。

私が傑作短編集とかを編むことでもあれば。
絶対に収めたいと思うくらいの作品。

何がこんなに胸に迫るのだろう。
著者はあまりにも「見え過ぎている」人だ。
もっと鈍感である方が幸せに生きれるのに。

でも。見えてしまったものを。
このように表現できるのなら。
本人にも、彼の同類にも救いになる。

それでも現実は変わらないけれど。

気づいているよ。
気づいてしまったよ。
気づかないふりをしようとしていたけれど。

それでも。
気づいたことに祝福されているのかもしれない。

無粋なことだと思いつつ。
心惹かれた箇所を書き写しておきます。

「資産目録の最後の品目」と彼は過ぎていく時間や週のことを呼んでいた。彼は時間にとりつかれるようになったが、それは必ずしもいいことではないと自分に言い聞かせていた。

心のなかでうごめいている光、何か新しいものを想像する力を持つ光を、ほとんどの人々は掴めずに終わる。

彼の沈黙は一種の哀悼の表われだ、とレヴィンは気づいた。自分の人生よりもはるかに大きなものへの哀悼の念。

彼はダグラスを愛し、自分も同じくらい無鉄砲に振る舞えたらと思った。アデルと一緒にシューベルトを演奏したい。そう思いつつ眠りに落ちていく。ホテルにはピアノがあるかもしれない。そのピアノの前にアデルと並んで座り、一緒に演奏する———そんな想像に耽れるかもしれない。ホテルのフロント係に訊いてみよう。アデルの香水が匂ってくるような感じがする。彼女があのタンクを永遠に見ることがないなんて、何ともおかしなことだ。

最初のだけが、表題作『存在感のある人』からの引用。
あとは全て『テレビン油蒸留所』から。

(2018.1.8読了)

『庭仕事の喜び』ダイアン・アッカーマン


庭だ、庭だ。美し過ぎる、夢の庭。

見たことはないですけれど。
きっと。とても綺麗。そして広い。
いいなー。いいなー。

スケールが違う。
大きな木がいっぱいあるんだな。
鹿もリスも遊びに来るんだな。
わー。わー。わぁぁ。

ガーデニング好きは垂涎もの。
涎の海が出来ますよ!

実は私。
一度も庭がある家に住んだことがないのですが。

あー。庭欲しい、欲しい欲しい欲しい。
夢ですねぇ。夢だったんですねぇ。

あまりに非現実的に思えて忘れていたわ。

庭で摘んだ薔薇をバサバサと生けられるくらい。
花がいっぱいのお庭なんて。はぁ……

自分ひとりで管理し切れないほどの庭は。
それでもまぁ、そこまでは望まないかな。

でも、いいなぁ。庭師がいる生活。

いや。それよりとにかく。
そんなに広くなくてもいいから。
庭! 庭、欲しいわぁ……

たぶん。庭を持つ大変さはわかってないけど、私。
それでも。自分が庭仕事に向いてる自信がある。

ずっと。いつか叶う夢だと思っていたみたい。
それこそ、何の根拠もなしに。

このままだと。一生叶わないんだな。
だけど。何とか叶えたいな。

庭が眩し過ぎて。息苦しくなる本でした。

(2018.10.1)
  

プロフィール

Author:彩月氷香

とにかく本が好き
読書感想がメインですが
時々、写真や雑記も。

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