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『適応障害のことがよくわかる本』貝谷久宣

4062597659
講談社
Amazon

基本を押さえるにはいいかも。

ネットで情報収集すれば、だいたいわかるんですが。
一応、自分の病気のことはわかっておきたかったので。

鬱病とよく間違われるというか。非常に似ています。
私も発症した時に、てっきり鬱病だと思いました。

ごくごく簡単に言うと。
適応障害は心が病んだ原因が明らかで。
その原因が取り除かれると半年ほどで治るのです。

重症化すると鬱病など他の精神疾患になることもある。
軽いうちにストレス原因と取り除くことが大事。

あと。怠け病っぽく見えますね。
ストレスの原因に近づかないと症状が緩和されるので。

私は明らに職場のストレスで。
しかも原因が具体的で明確でした。
医師の判断で休職し。二ヶ月半、家にいました。

症状がひどかった時はほんと、辛かった・・・

本書からではありませんが。わかりやすい説明がありました。

適応障害
  本人と環境のギャップが原因という、
  心理的な要因が大きな心因性の病気

うつ病
  ストレスの蓄積の結果、
  脳の機能的な異常が大きな要因となっている内因性の病気


仕事が病気の原因だとして。
同じ環境で元気に楽しく働けている人もいるわけで。
もしくはしんどいながらも支障なく仕事している人もいるわけで。
本人の「甘え」だ、と捉えられがちな面はあります。

でも。そうじゃない。

引っ越しで体調を崩したら「たかがそれぐらいで」と思われる。
でも、花粉に弱い体質の人が春に山の近くに行ったなら。
普通の人では考えられないくらいのダメージを受けるでしょう。

ある人にはなんてことのない環境でも。
ある人にとっては強いストレス要因となってしまう。

心身のバランスが崩れがちな時期というのもあって。
そんな時に自分の苦手な状況に陥ったりすると。
普段はストレスに強い人であっても病気になる可能性がある。

だから。
「甘え」だ、「弱さ」だ、と責めないように。
周囲も、そして本人も。

そう。本人は充分に、自分を責めていることが多いです。

自分に合う環境に生きれる人なんて少ないのだと思う。
周囲の人が耐えられるなら自分も耐えられる、と我慢しがち。
だけど。根本的に。人は皆、違うのだから。

できれば。
病気になるまで耐えたりしないで生きられるといいね。
なっちゃった人は。まず心身を休めて。
次は、心をいじめない環境へ移れるといいね。

そうして。心身の健康を取り戻してね。

私は。休職に至るまではなかなかヘビーな日々でしたが。
(弁護士に訴えたり、福利厚生の担当の人と何度も面接したり)

結果的には、違う部署へ異動させてもらい。
同じ社内とは思えないくらい、働くのが楽になりました。

伸び伸び働いていたら、担当部門の売上が大幅に伸びて。
その功績を評価されて給与がアップするというおまけ付き。

再び働く不安や、新しい人間関係や業務の緊張やら。
大変なことはいっぱいあったんですよ。
でも、環境が以前より、自分に合ったんですね。
とても、ラッキーでした。

そう言えば。
復帰後、半年くらいまではそれでも。
心身のこわばりは、かなりあったと思います。

今は。父のことがあって。他に不調が出てきていて。
ま、やっぱり私のメンタルが強いとは言えないかも・・・
でも。メンタルが強いのが偉いってこともないよ!

この病気で苦しんでいる人が。
環境と自分の折り合いがついて生きやすくなることを願っています。

大丈夫。治りますよ。

(2018.8.3)
感想じゃなくて。体験談になってしまいました。すみません。
正直、本はすごくいいとは思いませんでした。
あまりないんですよね、適応障害に関する本って。

『ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。』エレイン・N・アーロン

2019.06.10 未分類   comments 0


HSPの生き辛さに寄り添う本。

付箋を剥がすのが大変だった。
その数、なんと112枚。 

その中で特に重要と思ったページ。
(付箋が横向きに貼ってあったところ)

110
138
205
212
249
252
268
282
304
307
332
356
381

HSPかもしれない、とか。
私はHSPだ、と思う人は読んで損はないでしょう。

一箇所だけ。心に残った文章を要約します。

寒くて不快な時。
我慢することもできる。
もっと自分に適した環境を探すこともできる。
コートを羽織ったり、エアコンの温度を上げることもできる。
ここでやってはいけないのは、寒さに弱い自分を責めることだ。

あー。責める責める。猛烈に責めるよね。
自分を責め続ける人生だったと言っても過言ではない。

一つと言ったけれど、もう一つ。

家族の中で一番敏感な人が、一番「歪み」を受けやすい。
いちばん敏感な人が、調整役、標的、殉教者役、親役などを請け負わされてしまうのだ。

これは精神科医の中井久夫氏も同じことを言っていた。
強く印象に残っていたから、あ、と思った。

読んでいて。
いかに自分が生きづらい人生を生き続けてきたかを。
再確認させられすぎて、しんどくなるくらいでしたが。

私だけではないという実感も持てたし。
敏感であることの恵みも思い出すことができました。

でもね。
私はHSPである辛さを捨てるために。
HSPの長所も捨ててしまってるようなところがあるかな。

いや。本質だから捨てられはしないんだけれどもね。

言えるのは。
HSPにとっては、普通の環境を生き抜くのが厳しい。
自分にあった環境を生み出せると一番いいんだな。

表紙のデザインがチャラチャラしてるのが惜しい。
内容は今まで読んできたHSP関連の本の中で一番良かったのに。

(2019.1.4読了)
HSPってナニ?
という人は、こちらの記事を読んでください。

『ひといちばい敏感な子』エレイン・N・アーロン

関連記事

『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』米原万里

4043756011
角川文庫
Amazon

人の心だけに棲む真実。

そんな。そんな。そんなことって・・・
読みながら、何度も絶句した。

バカな。バカな。理不尽な。

表題にもなっている嘘つきアーニャは。
万里さんの友人なのだが。
自己を守るために自分を上手に騙せる人。

こういう人間を見ると心底ゾッとするが。
だから単純に彼女を憎んだり批判できもしない。

ある意味、スケールが違うだけでよくある話。
それは人間は自分の見たいものしか見ないということ。

万里さんは違った、というのも言い過ぎかもしれない。
万里さんも自分の見たいものを見ようとしたとも言える。

でも。それは「自分に都合のいいこと」ではなかった。

万里さんが泣いていないのに。
私は読みながら何度も泣いてしまった。

苦しかった。
あまりにも鮮明に見えてくる心の景色。
怖い。哀しい。救いがない。許せない。悔しい。

こんなにも「見えて」しまう人は。
生きるのがとても辛いだろうと思った。

それは私の余計なお世話で。
万里さんは自らの鋭い感受性と洞察力に押し潰されることなく。
強かに鮮やかに生き切ったのだろう。

でも。もっと長く生きていて欲しかった。

私たちが今見ている景色を。
彼女がどんな風に表現したかを読んでみたい。

(2018.5.10)
一見骨太に見える、きっぱりとした彼女の文章。
力強くて、疾走感があって。うん走っている。
けれど。とてもとてもとても繊細で。
伝わってくる気配や振動が私の髪の先まで震わせるようで。
感嘆と憧れで痺れながら読み終えました。
万里さんの友人三人の中では、ヤースナが私は好き。
ていうよりもヤースナのエピソードに心が救われる。
それでもやっぱり猛烈に切ないけれど。

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とうとう記事のストックが切れました。

ずっと。ほぼ、記事は予約投稿しておりました。
多少手を加えたり、投稿日の設定をしたりで。
管理画面はたまに覗いていましたが・・・

今日、大量にあった記事のストックが底をつきました。

去年に読み終えていて。
感想を書いてない本はまだまだあるのですが。
ええ。80冊は軽くありますね。

なのですけれど。
ここ数ヶ月、それらの感想は一つも書いてません。
書く気がそもそも、起きない。
時間もない。

いや。時間がないというのは。
ここ数年の私の口癖ですが、真実とは言い切れない。

過去に何度か発言しておりますが。
もともと、このブログを始めたきっかけは。
「時間があり過ぎる」からでした。

現代人の尺度から言うとあり得ないくらいに。
私は時間が有り余っていました。

本を読む暇も、その感想をじっくり書く暇も。
それどころか、ブログデザインに凝る暇も。
日々の考え事を延々と書き付ける暇も。
さらに、そんな時間を過ごす自分に悩む暇もありました。

ある事件により転職を余儀なくされ。
その後、余暇は半滅しました。私の感覚では全滅に近い。
それでも。実はまだ物凄く少ないとは言えません。

父が亡くなってから。
また自分の時間は減りました。
それでも。無になったわけでもありません。

時間の使い方の優先順位の問題でしょう。
余暇を読書とブログに割くことを最優先するならば。
まだ。時間はあるとは言えると思います。

心が読書に向かない状態にも陥りましたが。
そこからはどうやら抜け出したようです。

ゆっくりと考えてみると。
もともと。私は本を読むことはずっと幼い頃から好きでした。
疑うまでもなく、何より好きなことが読書でした。
だから。人が吃驚するくらいたくさん読めたのです。
好きなことだから。とてもとても好きなことだから。

本だけ読んで暮らせたらいいのにといつも考えていました。

でも。本を読むこと自体が好きでも。
読後の余韻に苦しむことはありました。
「思い」だか「思考」だか「悩み」が積もる。

それは読む本の種類によるのです。
だから読んでしんどくなる本は読まないと言う人もいますね。
現実だけで十分しんどいのだから、って。

だけど。多分。私と同様の人もたくさんいると思いますが。
そんな「しんどさ」を生み出す本が、なんだかんだ好きなんです。

その「好き」は「わーいいなー。るんるん」では当然なくて。
読んでいる途中から、読み終えた後しばらく長い間。
ずしーん、どしーん、どよどよ・・・と心に居座る重いものです。

私が直面する勇気のないことに、著者が出会わせてくれた。
同じようなことを考えていたはずなのに押し殺してしまった私には。
耳が痛くもあり、眩しくもあり、悲しくもあり、悔しくもある。
そして。嬉しい。励まされる。希望が湧いてくる。

まぁ。いつもそんな重量感たっぷりの読書ができるわけでも。
したいわけでもありませんけれど・・・

それに。確かに。そういう読書をするには。
時間と気力があり余ってるくらいでないと難しいです。

本を読むこと自体は習慣になってますから。
ついつい、さくっと読める本ばかりに手を伸ばすことになります。
軽く読める本も、それはそれで好きですが。
そればっかりは本当は物足りない。

そもそも。私が読書感想を誰に頼まれたでもなく書き出したのは。
読んだ本の余韻を自分なりに消化したかったからでもあります。

となるとですね。
読後に頭の中と心の中が忙しくなるほどの衝撃がない限り。
別に感想を書きたくもならないわけです。

あるいは。感想を書きたいような本を読み終えても。
その感想を書くことも正直、楽ではないわけで。
書きたいといえば書きたいけど、まぁいいか、となるわけです。
疲れていたり、時間が不足しているとそうなりますね。

若い時は。疲れてようが時間がなかろうが。
自分の「したい」気持ちが勝ったのです。

早い話が。今は若さはないし、時間もないし。

で。感想を書きたくなる本を読むとですね。
書きたいのに書かない自分を歯がゆく思わねばならない。
なので勢い、そうなりそうな本を避けることになる。
結果。本当に読みたい本を読まなくなっていく。

ヘンだ。絶対、変だ。おかしい。間違ってる。

本を読むのは私の一番、好きなことで。得意なことで。
それに付随して本の感想を書くことも趣味みたいなもので。

なのに。
「もう別にいいか。本なんて読まなくても」
「読みたい本だったけど。読み始めたら疲れた。やめよ」
「私、別に本なんか読まなくても生きていけるかもしれない」
「本読んでる暇があったら他にしなきゃならないことあるし」
・・・と。

どんどん読書時間が生活から消えていくのです。

で。過去には読書に充てられていた余暇が。
一体、どんなことに使われているのかといえば。
主に「画面」を眺めている。テレビ、スマホ、パソコン。

本を読む元気はないんだよね、と私のアタマは言い訳します。
それに本を読むのって目が疲れるし、神経が疲れるし、と。

私の意識は四六時中「だって疲れてる」と、のたまう。
「疲れ」を理由にすれば全て許される免罪符みたいになってる。

実際、疲れているのは確かなんです。
それが証拠に次々とストレスと疲労が原因の病気にかかる。
まぁ。病気の話はやめておきましょう。

ともかく。
前からわかっていたXデーが来てしまった。
その日までに進退を決められるつもりだったのに。
何の決意も覚悟も展望もなく、迎えてしまった。

不思議なのは。
続けるつもりはあったということで。
記事が自然と湧き出てくるとでも思ってたのかしら、私。

とりあえず。
報告のためにこちらに顔を出してみました。

ええ。つい先日。
「それでも本だけは読もう」と固く決意したのです。
でも。それは「本の感想を書き続けよう」には繋がっていない。

読んだ本すべての記録を残すというこだわりも。
もう、放棄してしまってもいいかとも考えています。

妙な具合に生真面目な私は。
読み終えた本のタイトルだけは、もう入力してあったりするので。
せっかくだからと、感想をなんとか書こうとする可能性は高いです。

そして。いったん書き出してみれば。
なんとか書けちゃったり、書くのが楽しくなってきたりする。
そういう性格だというのもわかっているわけですが。

ああ。私。「ですが」「けれど」を連発しすぎ!

だけど。だけど。だけど・・・の先にあるものは。
「もう辞めたい」「辞めてもいいかな」なのだろうか。
9年、続けてきましたけれど。店じまいの潮時かもしれない。

「かもしれない」も多いな。言い切れないのは悪い癖。

確信がない。決め手がない。
辞めてもいいような、辞めなくてもいいような。
それは生活というか人生のありとあらゆる面に当てはまる。

辞めないか続けるか悩んでいることが数えきれずある。

したいようにしたらいいと思うけれど。
それはきっと。昔からずっと怖かったのだ。
したいことより、したくないことが多かったんじゃなかろうか。
したくないことをなるべくやらないというので精一杯で。

それに私の「したいこと」は全般にあまり楽なことではなくて。
「やりたいけれどやるのはしんどい」と感じている。

そうですね。確約はしないけれど(読者さまにも自分に対しても)。
タイトルを入力した分、つまり昨年読んだ分は記事を書きます。
三行くらいの感想とも言えない感想になったとしても。

今年の分も実は結構タイトルを入力済みだったりするので。
それもなんとか感想は書きます。

その後は。
月々に読んだ本の一覧(今月読んだ本)だけは作成して。
そのうち、感想をどうしても書きたいと思う本だけ書きます。
おそらく、そんなに無いだろうと予測します。

手芸本、雑誌の類は読んだ本にカウントするのを辞めます。

なんか。淋しくなるな。自分で宣言しつつ思う。
けれど。実質。読んだ本すべての感想を書くという姿勢は。
読んでから書くまでに一年近くタイムラグが生じている現実を見れば。
すでに「不可能」の域に達しているのだ。

無理なことはやめるしかない。
他にも私の生活の中で無理になってしまったことがいっぱいある。
それを切り捨てていかねばならない。

私にとっては勇気の要ることだけれど。
無理してでも今まで出来たことを守り続けたいのが本音だけれど。

頑張るべきでないことを頑張っていると気づき始めてもいる。
頑張らないでいいことはもう、金輪際頑張らない。
その気持ちを強く持たねば、この先、生きていけない。

最初から。ずっと決意していることは一つ。
ブログをやめるときも自然消滅だけはしません。
今日でおしまい、と決めてやめます。

これだけは。
「かもしれない」とか「できれば」とは言いません。
宣言してやめることに何の意味があるのかと言われそうだけれど。
お別れの挨拶、締めくくりの挨拶だけはしたいのです。

この話をするのも、何度目でしょう。
となると、やはり辞めない可能性の方が高い気もします。

長くなりました。
何も結論は出ていませんが。
明日からは本を読むことを優先しながら。
もしブログを書きたい気持ちになったら書こうと思います。

気持ちか状況に変化があったら。ご報告にまた顔を出します。
では、ひとまずこれにて。
ここまでお読み下さって、ありがとうございました。
  

プロフィール

Author:彩月氷香

とにかく本が好き
読書感想がメインですが
時々、写真や雑記も。

*初めましてのご挨拶
*ブログタイトルの由来

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