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空白の五マイル 角幡唯介

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集英社
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「チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む」と副題にあります。

著者は大学を卒業した後も、探検家になると息巻いて就職せず、
土木作業員のアルバイトをしながら山を登ったり探検していた。
が。将来の不安から新聞記者の採用試験を受けてみると、なぜか合格。

入社までの半年で、ツアンポー峡谷に再チャレンジすることを決意。
(大学時代にも一度チャレンジして失敗していた経緯も語られる)
その冒険譚と、ツアンポー峡谷とはそもそも何なのか・・・が主題。
最後に「冒険」が何を意味するかについての考察で締めくくられる。

角幡さんの人柄には好意が持てる。その冒険の内容や姿勢も。
ただ。それを記すスタイルは、どうにも好きになれない。
しばしば紋切り型に陥るクセが見受けられるのが神経に触った。
これで開高健ノンフィクション賞受賞というのは納得出来ない。

同じ賞をとった石川直樹「最後の冒険家」の文章とは数段の差がある。
冒険がもはや本当の意味では存在しない時代の哀しみを、
背負っているという点で二人は似ているのに・・・
石川さんの作品ほど、私の心を揺さぶるものが本書には無かった。

いかに書くか、だ・・・と思う。
内容は読み応えもあり面白くもあり、文章も下手なわけではない。
しかし、それだけじゃダメなのだ。贅沢なようだけど。

この辺でちょっと笑いを取ろうというのがミエミエで。
しかも笑えないフレーズがちょこちょこ登場するのは愛嬌?
いや。自覚して欲しい。読者はそんなものを求めていないことを。

最大の失敗(と私は思う)は長々したエピローグ。
たとえ本人なりに到達した答えがあっても。
その提示の仕方には物書きなりの気の配り方が必要だ。
読者に委ねるという・・・彼は他人のことを書く時はそれが出来るのに。
自分のことを書くとそれが出来ない人のようだ。

若くして亡くなったある冒険家について語った箇所は良かった。
読む者に深く問いかけてくるものがあった。冒険の意義について。

それを。なんとまぁ。無駄に陳腐な言葉を連ねるのか。
説明しなくても読者が読み取れるものを。解説されると興醒める。
彼がエピローグで書いたことは。本文で語られるべきものだった。

なぜ、命をかけて冒険をするかということは。
冒険の記録と冒険の日々の思索の中に、おのずと表れているはずだ。
誰もがなし得るわけではない「行為」こそが物語るはずだ。
自らの作品を自ら解説してぶち壊すとは何ごとか。

罵倒しているつもりはない。怒りというよりも哀しかった。
勿体ないと思った。これだけの経験をできる人はそうそういないのだ。
語るべき言葉は思索の中で、もっと磨かれてしかるべき・・・

というのは。高望みなのだろうか。
冒険家が優れた思索家であり、さらに卓越した文筆家であるなんて。
滅多にないことだと考えるべきだろうか。

私は今まで、そういう冒険家と文章にしか触れて来なかった。
だから冒険家は神々しい才能を持っていると思い込んだフシがある。

改めて考えてみれば。そうでなくてはならないという理由は無い。
角幡氏の、私にしてみればズッコケるほどの「普通さ」ゆえに。
読者に喚起できるものも、もしかしたらあるのかもしれない。

不器用だけど誠実な人だということは窺われる。
それはいい。その不器用さを率直に表してくれたなら。
それなりに繕ってまとめてしまう中途半端な器用さが苦しい。
新聞記者として過ごした日々があだになっているのではと推測する。

文章が紋切り型、と先に書いたが。
彼の場合、思考の流れも紋切り型だ。そこが何よりひっかかる。
偽りがあるというのでもない、思索が浅いと言うつもりもない。

しかし。説明のつかないものを説明しようとして。
説明し過ぎて対象を安っぽいドラマにしてしまっている・・・
いや。どこか「わかったつもり」になって書いてしまっている。

かっこよく、というのを狙ってはいないだろうが。
カタチにしたいという欲望があって。結論を無意識に作っている。

これは・・・。上手い作文以上のものが書けない人の典型的な例。
文章をまとめる技術とそこそこの表現力を持っていて。
その衣を纏うことで、とことん掘り下げるべきものに到達しない。

一見。「答え」はある。いや。でも違う。深層に届いていない。
さらに表面を平凡な装飾で彩っている。削り出したままの方がいいのに。

言い過ぎた。筆力はある。冒険の場面を描いている部分では。
それに関する後の考察が、どうしようもなく蛇足だっただけ。

そして、こんなにも過剰反応してしまったのは。
自分自身も同様の愚を犯していることに気がついたからだと思う。

(2012.6.18)
このくらいの文章力でも上質な作品を書くことは可能だが。
粗いのだ、上手い下手以前に。言葉の選び方が雑なのだ。
より適切な表現を見つける努力を怠っているように見える。
(もし努力してこれが精一杯なら、本当に下手だということ)
どちらにせよ。その「足りなさ」が我が身に重なって辛く感じた。
はい・・・全くもって個人的な感傷です。すみません。

ちなみに本書は、大宅壮一ノンフィクション賞受賞も受賞しています。


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ああ。。。これは痛い。

「文章をまとめる技術とそこそこの表現力を持っていて。
その衣を纏うことで、とことん掘り下げるべきものに到達しない。」

もちろん私には「文章をまとめる技術とそこそこの表現力」はないのですが。
「とことん掘り下げるべきものに到達しない。」のは
決定的にだめなことだと自覚していたことでした。

「カタチにしたいという欲望があって。結論を無意識に作っている。」というところ
これは自分にも確かにあると思います。

この作家についての記事なのに、私的なことをごめんなさい。

彩月さんのこのような記事、私はとても好きです。
ありがとうございます。
2012.07.11 21:37 | URL | ハル #jjURaDtE [edit]
またまた、例によってヒートアップしてしまい。
これでも削って削って、クールダウンした結果なのです。

私自身、文章の技術なんていうものは彼以上に持っていなくて。
同じ経験をしてもこれだけのものを書けないだろうと思うのですが。
まるで自覚している自分の欠点が提示されてるように感じてしまい・・・

顕著に感じたのは。文章の上手い下手よりも。
「なんとか結論をつけて安心した」感の漂っていることでした。
その感じがとても気持ちが悪かったのです。自分に似てる気がして。

この作家さんに不足しているものは物書きに必須の要素だと思います。
でも実際はどの作家も持っているものではなくて・・・
だから正確に言えば私が作家に対して求める要素ということでしょうか。

で。自分にもないんですね、それが。
たとえ職業じゃなくても。文章を書く上で欠かしたくないものなのに。
ほんとに。「イタタタタ・・・・」でした(笑)

ハルさまがご自分のことに照らして読んで下さったこと、嬉しいです。
結局、私は本そのものの感想をはみ出す部分に思いをこめている、
というか、自然とそうなってしまうのだろうと思います。

でも。いつもそうなわけでもなく。
それを引き出してくれる書物と、その問題に対峙する気力が
上手く出会った時に、まるで事故のように発生するのです。

書くのも、公開するのも、ちょっとしんどいものなので。
ハルさまに「とても好き」と言って頂けると気持ちが救われます。
ありがとうございます。

実は。しんどくても、こういう記事を書くのが一番好きです。
(書ききれなかったという不満と書き過ぎたという後悔に駆られつつ)
2012.07.12 01:52 | URL | 彩月氷香 #- [edit]


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  • 空白の五マイル 角幡唯介
  • 2012年07月11日 (水)

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