Loading…

つぶやき集 2012年7月(1)

Posted by 彩月氷香 on 17.2012 つぶやき集   0 comments   0 trackback
ローである。なんていうか。地を這う感じ。どすんと落ち込んでる感じの時は浮上の気配も含まれているのだけど。それとは違う感じ。妙な安定感がある。たぶん、当分低空飛行・・・否、飛んでない。ずずず・・・と這っている。いや、進んでない。地べたに伸びている。窓がすごく高いところにある。

ジョージ・ギッシング「ヘンリ・ライクロフトの私記」をぽつりぽつりと読んでいる。癒される。ギッシングは「渦」という作品を昔に読み、とても好きだった。あら。「渦」は絶版なんですか。アマゾンで¥10,000になっていて吃驚。

録画していた「極上美の饗宴」。ミレイの「オフィーリア」昔、実物を観たっけ。映像より断然実物が美しい・・・当たり前だけど。もう一度観たいな。オフィーリアの表情と川面の水苔と花々と木々に目を奪われていて、コマドリが描かれていることには気付かなかったな。

気になる言葉はマメに書き写すことを長年の習慣としている。礼儀として出典も記しているつもりだったけれど。中高生の頃は、そういうことに思い至らなかったらしい。出所不明の名言(?)が近頃、大量に発掘された。元の言葉どおりでなく編集しているフシもあり。引用するのはためらわれる。

「『神曲』を読んだ時自分は天国はおろか、煉獄や地獄の底まで旅を続けられない、きっと暗い森でキャンプでもしているしかないと思った」・・・これは何の作品かわからないけれど。あとがきの一節とかかもしれないけれど。記憶違いでなければ若かりし頃の島田雅彦氏の言。痛く共感したものだった。

「澁澤龍彦は夢を書いたが、このとりとめのないものを整然たる宇宙誌として書いた。思想を書いたが、内容としてではなく紋章として書いた。幻想旅行を書いたが、羅針盤や船の運動として書いた。おしゃれなのである。」・・・これは誰の言葉だろう?澁澤龍彦の著作の解説の一部っぽいけれど。

「どんな作品もその作品に固有な〈入口〉と〈出口〉の構えを持っている。百態の作品に百態の〈入口〉と〈出口〉があって、そのひとつひとつに触れつくすことはできない。」・・・これも出典不明。外れていたらごめんなさいだけど、なんとなく村上春樹の言葉のような気がする。

「空気や思想が実体はつかみにくくとも周囲を満たすごとく、孤独に暮らし、昼と夜を取り換え、自分の時間の中で眠り、働き、思考し、読書し、記憶し、語り(多くの場合電話で)、行動し、創造しながらも、彼の存在そのものが、彼を知る我々には生きた慰めであった」G.グールドの印象的な描写。

出所不明な名言集は。若かりし頃の私の価値観を反映していて。なかなか面白い。「こうありたい」という憧れが見え隠れする。どうも唯美主義的な傾向があったようで。洒落たものと美しいものを偏愛する様子が窺える。・・・今も名残りはある一面だけれど。

補足を一点。

澁澤竜彦に関しての文章は種村季弘「渋沢さん家で午後五時にお茶を」
が出典だということを読書好きのフォロワーさんが教えて下さいました。

いえ。正確に言うと。毎日新聞の日曜日の書評欄の一角、
「私の選んだ文庫ベスト3」というコーナーにて種村季弘氏が
自分の好きな澁澤龍彦作品三冊を選出した際の文章。
(それが、前出の本に収められたということです)

1992.6.26の新聞だそうですから。えー。20年も昔のことですね・・・

関連記事


  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackbackURL:http://raffiner.blog70.fc2.com/tb.php/1576-58eddc92

プロフィール

Author:彩月氷香

とにかく本が好き
読書感想がメインですが
時々、写真や雑記も。

*初めましてのご挨拶
*ブログタイトルの由来

<別館のご案内>
Instagram
99%、花の写真です。

moleskine絵日記
ちいさな絵日記。

表示中の記事

  • つぶやき集 2012年7月(1)
  • 2012年07月17日 (火)

カテゴリ

最新コメント

データ取得中...

月別アーカイブ

***