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つぶやき集 2013年8月(6)

花ばかり、しかもマクロで撮ってばかり。結局、それが性にあっているらしい。視力は生まれつき良い(最盛期は2.0以上)ので。遠くもよく見渡せるはずなのだけれど。近くをじっと観る方が好きなのだ。視線だけでなく、物の考え方の視点もマクロ寄りかもしれない。クセのようなものだろうか。

俯瞰的な視点というのは、たぶん大幅に欠けている。性別で分ける考え方は好きではないけれど、どちらかと言えば女性はその傾向がある気もする。風景を撮る練習をしてみることは、だから却って面白いかもしれない。今のところ、どう切り取っていいかわからなくて。茫漠とした淋しい景色になってしまう。

視野に入る広い(といっても実は狭い)風景の、どこをどう切り取るか。それを選ぶことは、価値観であり、美学であり、生き方なんだろう。私は自分の嫌いなものが枠内に入らないようにということを、まず考える。だから、狭くなるのだ。写真の構図選びに性格が反映され過ぎて、ちょっと恐ろしい。

ありのままとか天然とかを珍重する趣味はまったくないので。修正でも加工でも手を加えることに忌避感もない。でもやはり、どんな場合でもということはない。程度の問題なのかと言えば、中途半端がかえって見苦しかったりもするし。人工的なものを愛するのと拒絶するのとの境目は、とても曖昧。

手を加え過ぎたものは「下品」だと感じるけれど。どこからが「やり過ぎ」なのか。また「やり過ぎ」をも超えて突き抜けてしまうと、それが美しく見えて来る場合もある。卑近な例でいうと、お化粧が濃過ぎると下品だと感じるけれど。濃過ぎるメイクがスタイルとして確立している人もいないでもない。

私自身は。しっかりと濃いめのメイクだった時代と、ナチュラルメイクだった時代と、ほぼすっぴんな時代があり。それは環境に左右されるというのもあるけれど、大半は心模様を反映している。お化粧をしっかりする時は「闘争的」なモードだと思う。仕事に行く際に「闘い」の意識があると自然と濃くなる。

美しくなる為に化粧するという意識はもしかしたら、案外なかったりするのかもしれない。淋しく薄い顔なので、化粧した方が見栄えはするけれど。別にパッとしない素顔そのままでも構わないと思う。でも、いつもではない。お化粧が必要と感じる場面の心理を考えてみると、まず「不安」がある気がする。

「楽しみなこと」には「不安」も付随しているものだものね。少なくとも私はそう。だから、お化粧するときに感じている不安は、楽しみのための準備でもある。服装を整えるのも、同じ。装うことは大好きだ。心にも服を着せてもいいと思う。何でも素のままがいいとは、やはり私は思わない。

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プロフィール

Author:彩月氷香

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時々、写真や雑記も。

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  • 2013年11月05日 (火)

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