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ぼくは死んでいる   フィリプ・ベッソン

Posted by 彩月氷香 on 20.2015 その他 翻訳文学   0 comments   0 trackback
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 疑問というものはたいてい厄介だ。答えだけが、それもなるべくならごく明快なものだけが、安心を保証してくれる。
 大切なのは知ることだ。これから知ることのせいで私たちの心がすさんだってかまわない。どんなことでも、あいまいなのやわからないのよりはましだ。
 信じられさえすれば、嘘だって受け入れるつもりだ。もっとも、残酷な真実と全くの嘘ならどちらを取るかというと、どちらでもいい。どちらでも、疑念にさいなまれることはないから私には都合がいい。いつだって、耐えられないのは、中間、グレーゾーンだ。なぜ全てが白か黒ではないのだろう。なぜ無罪の人と罪人しか、ヒーローと卑劣漢しかいないというわけではないのだろう。なぜ人はニュアンスをつけたりぼかしたりしなければならないのだろう。

全てが白か黒の世界はきっと。耐え難いものだと思いますが。
この場面での心境としては、よくわかります。
「どちらなのかはっきりしない」というのは辛いものです。

この本、ミステリでもサスペンスでもないですよね。
そう思って読んだら、ずっこけてしまうと思います。

独特な淡々とした詩情に満ちた、青春文学?じゃないでしょうか。
まぁとくに「青春」とつける必要もないのかもしれませんが。

訳者あとがきで、ベッソンが敬愛し、
多かれ少なかれ影響を受けたと思われる作家が挙げられていましたが。
それは、そう聞く前から私の頭にも連想された作家たちでした。

プルースト、ランボー、マルグリット・デュラス、
エルヴェ・ギベール、アルノー・カトリーヌ。

ええ。これらの名を思い浮かべれば、作風がおのずと知れるかと。

死者の目線から語られるというのは。
特に珍しい手法ではないと思うのですけれど。
そして、美しい文章で綴られてはいるのですが。

私は、妙に怖くてたまらなくなりました。
死後に。もしこのように。自分に「意識」があったら、と。
そんなにも。「自分」から解放されないのは厭だ、と。

自らの自我の強さを自覚しているからこその、
それは何とも底の見えない深い深い恐怖でした。

フランスでは人気作家のようで。それは頷けます。
私はどちらかというと、フランス文学を苦手としていて。
それは自我の在り方が原因だと思われるのですが。
苦手の中に少なくはない共感も含まれているのでしょう。

そのことを思いがけず、確認した気がします。
他の作品も読んでみたいと感じる作家です。
でも日本では人気が出そうもなく、翻訳されそうもないですね。

書かれている内容というよりも。筆致が魅力なのです。
サラサラとした風合いの静けさとでもいうのでしょうか。
くっきりとした強い線だけれども繊細であるという感じで。

それを悪く取ることもできそうなのですが、
つまりは「洒落ている」のです。私は好きです。

ずっとフランス小説の「お洒落さ」に反発を抱いていた私も。
やっと。その「お洒落」の真髄が少し見えて来たのかもしれません。

精神の若さと老成とを併せ持つ美学に繋がる、何かしらの・・・

(2015.1.19)
もし読んでみようと思われる方がいたら。
くれぐれも。ミステリーと思って読まないように。
何故、ハヤカワ文庫でミステリ扱いで発刊されたのかが謎です。

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  • 2015年02月20日 (金)

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