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われらが古本大学  天牛新一郎

2015.04.19 未分類   comments 0
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天牛新一郎『われらが古本大学』読了。この本には登場しない江坂の天牛書店しか私は知らないのだけれど。著者のことも愛らしい腰の低いおじいちゃまとしてしか認識していないのだけれど。だから本の内容が大昔のことのようで吃驚するのだけれど。大好きだった古書店のルーツを辿る楽しい読書でした。

他に比べる店がなかった(他の古本屋へは行かなかった)から気が付かなかったけれど。高く買ってくれたし。売っている本も安かった。50円の文庫をたくさん買った。100円で洋雑誌も買い集めた。お孫さんの代になっていたと思うけれど、「高く買って安く売る」の精神は引き継がれていたのだろう。

書店名は「テンギュウ」ですけれど。
新一郎さんの本名は「クモジ」と読むのですって。

長谷川幸延(小説家)の「笑説法善寺の人々」に、
昔の天牛書店のことが書かれています。
 そのころの日本橋筋は、東京の神田神保町、京都の丸太町筋のように古本の町であった。中でも公立社のオヤジのハゲ頭や、人のよかった杉山書店の杉山末吉など忘れられない。
 その中でも、本の値ヅケのたしかなのは天牛が一番だった。値よく買って、どこよりも安く売った。筆者などそのコツをのみこんで、コレハと思うものを二、三冊買って、よその本屋へ持って行って売り、たちどころに二十銭や三十銭のコーヒー代にした。当時としては大金である。

 劇作の師・食満南北の書生をしていて、ノミシロに困り、南北の書架から二、三冊引っ張り出しては売り飛ばした。 そんなある日
 「昨日いただきました本の中にこれがはさんでありました」と十円札を二枚返してくれたのも、天牛新一郎である。
 南北は、ヘソクリを本の間へかくし、それがどの本だったか忘れ、いつも大騒ぎしていた。だからその二十円も、多分そのまま見つからなかったにちがいない。

お人柄ですねぇ・・・。
そんな名古書店の次代とは言え、通えたことは幸せです。

転居して、交通の便が悪くなり、もう何年も訪れていません。
久しぶりに学生時代を懐かしみつつ、行ってみたいな。

(2015.2.6)
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  • 2015年04月19日 (日)

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