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五衰の人―三島由紀夫私記  徳岡孝夫

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文藝春秋
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三島由紀夫は、好きな作家というよりも。
どうしようもなく、妙に強く惹かれる作家です。

彼の死に様に私はあまり興味はなくて。
・・・いえ。正直になりましょう。
そのイメージゆえ読まず嫌いしていた時期がありました。

作品を読んでみたら。
彼がどんな風に人生を終えたかは気にならなくなりました。
おかしな話ですが、作品の魅力だけで私には充分に思えたのです。

私は彼に限らず、そして小説家に限らず、
作者の背景、もしくは作者自身にはあまり興味を持ちません。

例外も時々ありますが(グールドの伝記は沢山読みました)。
それはその人自身への興味というのとは少し違っていて。
その人の「肖像」「絵姿」を鑑賞している感覚です。

伝記や評伝自体も面白い読み物ではありますが。
私は描かれている人以上に、書き手の存在を強く感じます。

この本でも、やはりそれは同じ。
視線の先にあるものより、そちらを観ている「目」が気になる。

三島由紀夫を語ることで、徳岡孝夫という人が語られる。
それでいいし、それが面白いし、読み応えがありました。

三島由紀夫の作品の魅力は何だろう・・・と考えると。

小説を書く人が、深い孤独を抱えていないことはあり得ないし。
手に負えぬほど強い自意識と葛藤し続けているのも当然と思いつつ。
特に彼の作品から感じるそれらが近しく思えるというのが挙げられます。

私には持ち得ぬ非凡な才能と「突き詰めた」思念の持ち主であるけれども。
たぶん、ざっくりと大まかに分けたら、同じジャンルに属する人のように、
三島由紀夫のことは感じている・・・かもしれない(ごめんなさい!)

美しくないものには耐えられなくて。
でも、俗悪さと常に近しいところで生きていて。
そもそも、自らが発している「キッチュさ」も、相当なもので。

三島由紀夫が大嫌いな作家と、その理由と、嫌悪ぶりのひどさが。
あまりにも私と一致していて、笑えてしまいました。

しかし。凡人であることは有り難い。
だから、私は生きていける・・・と改めて思います。

以下、雑多、乱雑な、自己中心的な書き抜きの山。
読者を想定していない自分用のメモです。ご了承下さいませ。



なるだけ批判精神を養って「面白い人」と距離を置き、面白さの裏を読み、騙されまいぞと努力した。だが、そう意識的に努めてさえ抵抗し難い「面白い人」はいるもので、三島由紀夫さんはその一人だった。

私は三島さんを生涯に三度インタビューしたが、三度とも「私はこう思います」「そうは思いません」と言った。「世間は・・・と見ているようですが」「そのへんどうですか」という緩んだ質問は一度もしなかった。三島さんの側にも、記者にダラケた質問をさせない真剣味があった。

三島の美意識に発する行動は、理解しようと思えばできないことはなかった。だが「正直いって・・・当惑します」(石原慎太郎の言葉を借りた発言)

 ぼくは、魂の問題ということで「士道」という言葉を使った。内面的なモラルといってもいい。内面的なモラルというものは、自分が決めて自分が(自分を)しばるものだ。それがなければ、精神なんてグニャグニャになっちゃう。今日では、自分で自分をしばるといったストイックな精神態度を、だれも要求しなくなった。ストイックなのは損だと、だれもが考えている。
(三島の言葉)

「ぼくはそういうふうに問題を考えていない。「士道」という言葉をいうのは、その言葉が、まるで一滴のしずくのようにその人の心にしたたったら、自分で考えてごらんなさい、というだけなんです。「士道」というものは、マスコミを通じて広まるような性質のものではない。われわれの心の中を探ってみると、心のなかに持っている自己規律に照らして、どこかやましいものがあるはずだ。やましいものがあれば、士道に反しているのだと考えるべきだ。それが日本人だと思うんです。」

「マスコミを通じて自分の考えを広めようなんて、最初から考えていません。ぼくの死から一滴の水がしたたったら、その水を心に受けて考えてごらんということです」

「効果の有る無しは問題にならない。他人に同じ行動を勧めようなどという意志も毛頭ない。人間内面のモラルは昔も今も不変だし、魂の問題だから時代とともに変わりようがない。ぼくは、やりたいことがあっても我慢してきた。そして最後に爆発した。それも無駄に、汚名を着せられてね。」

(三島の言葉を彼の死後に読み返して、徳岡氏が自分なりに解釈した言葉)

ずいぶん突飛な振舞いをした人だし、死に方が死に方だったから、よほどヘンな人のように思われがちだが、そうではない。私の知る三島さんは生涯最後の三年半、すなわち五衰の時期にあったが、なお元大蔵事務官の素性を失わない、素面の常識人だった。

キーンさんは微笑して「あなたは退屈している三島さんを知る珍しい日本人です」と言った。(バンコクで過ごした日々)

山口瞳のエッセイに描かれている、
寿司屋でトロばかり食べている三島の様子。

塚谷裕一「漱石の白くない百合」より
「三島の植物に関する知識は並のものではなかった」

 花は白くて、房なりの蕾だけが仄赤い。しかし花の白さのうちにも、仔細に見ると、芯の部分の星形が茶紅色で、それが釦の中央の縫ひ糸のやうに一つ一つ堅固に締つて見える。

 現代の人間が、自分の良心の力だけで自己の魂にベルトを締めることができるかどうか。人間は、目で見えるもの、なにか形のあるものに直面することによって魂をゆすぶられるんです。

 バンコクで著者と映画を見た時の話。

 映画が始まるとすぐ、三島さんは「こいつが悪者ですよ」と囁いた。私には犯人の目星はおろか、そもそも犯罪行為すらまだ始まっていない段階の予言だったので、これには驚いた。結果的に三島さんの言う通りだったが、映画の途中でも彼は何度か「もうすぐこうなりますよ」と教えてくれた。そして、それは必ず的中した。
 悪者がやられて映画は終わり、私はほとほと感心して「あんなに先が読めちゃ、映画が面白くないでしょう。頭の良すぎるのも考えものですね」と言った。三島さんは平然として「なに、作者がどういうふうに既定の結論に持っていくかを見ていると面白いんですよ」と答えた。実際、大いに楽しそうだった。

 奈良の円照寺(月修寺のモデル)

 自分が他人の私事に興味がないから言うわけではないが、私は作家の実人生での出来事が、彼の創作の持つ価値を一変させることはないと信じている。仮に某小説家が一人の女を作品中に描いたとする。モデルは彼の妻だとみんなが思っていたら実は情婦だった。その場合、情婦がモデルであったという新発見の個人情報は、作品の価値を変えるだろうか?それは文学研究の上では大事件かも知れないが、作品そのものの価値には無関係だし、文壇外の読者にとってはあまり意味を持たないものだろう。
 というのは、一般読者にとっての創作とは、そこに作者の新しい創造があるかどうかによって価値が決まるものだからである。むろん読む側は必ずしも冷淡な第三者ではない。創作を読むことによって読者の側も作者の創造に参加したと感じる。そういう作品こそ第一級の文学だと私は思っている。『豊饒の海』は、読む者にその参加の実感を抱かせる。

 悪といえば悪だが、戦争というものには新聞記者を惹いてやまない力があった。(中略)私は戦争は醜悪だから悪いのではなく、人間の心に魅入るなにものか、麻薬性のあるなにものかがあるからこそ悪なのだと信じるようになった。

当時の日本を三島は「愚者の天国」と語った。

 ところが現場を見て「事実の忠実な報告者」になろうと志す者にも、それなりの陥穽はある。それは詳しく見れば見るほど「一概にいえない」という状態に陥ってしまうことである。報告すれば任務完了だと割り切って、無数の事実をバラバラに送稿するわけにもいかない。それでは事実の表面だけを報じることになりかねない。どの事実をもって与えられた一日または一事件を語らせるべきか、取材すればするほど分からなくなる。

 人間、四十歳になれば、もう美しく死ぬ夢は絶望的で、どんな死に方をしたって醜悪なだけである。それなら、もう、しやにむに生きるほかはない。
(この時は自殺する気がなかったのだろう)

 精神の存在証明には行為が伴わなければならず、行為を担うのは肉体であるという三島さんの信念。

「行動は一度始まり出すと、その論理が終わるめでやむことがない」

「絹と明察」
実は夏川に託して天皇を暗喩している?

 事件の経過は予定では二時間であります。しかしいかなる蹉跌が起こるかしれず、予断を許しません。傍目にはいかに狂気の沙汰に見えようとも、小生らとしては、純粋に憂国の情に出でたるものであることを、御理解いただきたく思ひます。

息子に三輪車を買ってやる父親が、自殺するだろうか?

これは警察に貰い下げに行くのが大変だなと、まず思った。次に「割腹」と出たのを見て、最近の外科医術ならまあ大丈夫だろうと安心し、「筆をとる右手だけは無傷であって欲しい」と祈った。

(三島の父が事件直後に感じたこと)

「次のプランは何もないんです。もう、くたびれ果ててて・・・。」
「まさか、あなたが、ね。(笑)」

ペトロニウス
シェンキエビチ『クオ・ヴァディス』木村毅訳 クォ・ワディス」

私は自分が貰った手紙を何度も読み返し、三島さんが決して狂気でなかったこと、正常な判断力を備え十分に目くばりのきく劇作家であることを知った。

狂気の暴走
純粋だが無駄な死
惜しい人物「だが、ナンセンス」

(事件後の世評)

司馬遼太郎は、まず「薄よごれた模倣者」が出るのではと危惧を書いた。
次に「思想というものは、それ自体で完結し、現実とは何のかかわりも持たないところに思想の栄光がある」と言った。稀に現実世界と亘り合おうとする思想家がいるが、現実と相わたる方法はただ一つ、大狂気であり、待っているのは死のほかない。そういう人は日本史に吉田松陰ひとりで十分である。そう書いた。

 それに対して、徳岡氏は「三島さんが恐れたのはただ心の死、魂の死である。それが司馬氏にはわからなかったか?知らんふりをしたのか?」と糾弾する。

三島さんの場合、知って行動しないのは、知らないのと同じだった。

溢れるように出た三島論の中で、最も説得力のあるものとして徳岡氏は石川淳のものをあげる。

いかに「ムダを承知」の死だったにせよ、三島君の場合は「認識からパッと行動に、とたんに死に飛び移る時間的距離において、どうもみじかすぎるように見える」。なぜだろう。

一つのことに熱中したり我を張ることはあっただろうが、透明な頭脳で筋の通った考え方をする人だった。

のっぴきならぬ結果に到達した原動力の一半は森田氏にあったという印象を、いまも捨て切れない。

主人のこと、彼の生活のことについては、いままで一度も書いたことがありません。書く手法も知らないし、主人との昔からの約束もあります。達意の文章も書けない妻がむりに夫のことを書いて、正しく表現できるはずがありません。
 こういう夫でございましたと妻が書いても、それはたかだか興味の対象になるくらいでしょう。私自身、そういうものを読むのが好きではないし、妻が書くことによって亡くなった人の姿を変えるすべもありません。書く意志もなければ書くこともできない、書いたからといって何の効果もない。それが、今日まで沈黙を守ってきた大きな理由です。

(三島の妻の言葉)


(2015.2.27)
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  • 2015年05月13日 (水)

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