Loading…
 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

僕は、そして僕たちはどう生きるか  梨木香歩

4652079796

理論社
Amazon

この本の中には。なぜ私が学校というものが大嫌いだったか、その理由が描かれていると感じた。本書に描かれるような事件があったわけではないのだけれど。常に集団の倫理に追いつめられる、或は弾かれる側の生徒だった私は、それでも周囲に合わせることなく、否、合わせる技術を持たず、孤立していた。

不登校にならずに(ほぼ一歩手前だったけれど)済んだのは、運が良かったのと(どんな時も周囲から浮き上がっていたが、積極的に虐められることはなかった)、死ぬほど厭でも学校には行くしかない、そうしないと親が哀しむからという強い意識があったからだ。

私を無視してくれた(或は穏やかな嫌がらせに留めてくれた)周囲の生徒たちはまだ優しかったかもしれない。しかし、偽善の塊のような勘違い熱血教師というものはやはり存在したし、私がやっていない犯罪を私に置い被せた教師もいた。

ああしんどい。読みながら何度も思った。痛い、痛い、痛い。思い出したくないことをたくさん思い出した。主人公と同じく、私も善意を装った遠回りの加害者だったことも当然ある。子供時代は毎日が「なんとか生き延びる」という感覚だった。

こんなに子供が哲学的だろうかと疑問を持つ人もあるかもしれないけれど。子供というものはもしかしたら大人より遥かに真剣に社会の中での自分の立ち位置というものについて考えている。「いかに生きるか」ということを、切実に自分の生死に関わる問題として考えずには越せない日常を生きている。

そういう子供ばかりではないのかもしれないけれど。時々、気が抜けてしまうほど明るい子供時代について見聞きすると、どこかにはそういう子供の楽園があるのだろうなと思ったりもするけれど。そもそも私は、私以外の大半の子供は暢気に生きているんだと思い込んでいた節があるけれど。

群れることが最大の苦痛だったし、そもそも群れに加わることが出来なかったし、群れている姿はおしなべて醜悪だと嫌悪していたし。群れからはみ出しても生きていける自分であることに鍛錬して歩んで来たつもりだし。

そんな私にとって、本書の結びの言葉はすんなりと腑に落ちたとは言い難い。
(以下に引用)

 そう、人が生きるために、群れは必要だ。強制や糾弾のない、許し合える、ゆるやかで温かい絆の群れが。人が一人になることも了解してくれる、離れていくことも認めてくれる、けど、いつでも迎えてくれる、そんな「いい加減」の群れ。

 そういう「群れの体温」みたいなものを必要としている人に、いざ、出会ったら、ときを逸せず、すぐさま迷わず、この言葉を言う力を、自分につけるために、僕は、考え続けて、生きていく。

 やあ。
 よかったら、ここにおいでよ。
 気に入ったら、
 ここが君の席だよ。

でも、そうなのかもしれないな。そうなのだろうな。それがすべてではないけれど、このような群れがあれば救われる人はたくさんいるのだろうな。もしかしたら私自身もそうだったかもしれない。居場所を求めて彷徨う人だらけの中、勝ち取らなければならない固定の席ではなく、束の間腰かけて休憩するようなベンチが提供しあえるような、ゆるやかな群れの一員であれたなら・・・

以下、ひたすら本文からの書き抜き。

・・・・ああ、そうか、僕が「どっきりカメラ」みたいなものにもつ嫌な感じは、それなのかもしれない。実験している感じ。対等な場所からではなく、相手より安全な場所から、その相手を観察している感じ。やっている本人に明確な悪意はないんだろうけれど、その「無邪気さ」を隠れ蓑にして、人を笑いものにする。そう、こいつのことをみんなで笑おうよ、みたいな妙ななれなれしさと媚び。人一人犠牲にして簡単に仲間意識を捏造しようとするお手軽さと無理矢理さ。笑いの質の不健全さ。演出する方にも見せられてつい笑う方にも、後ろめたさみたいなものが必ずあると思う。後味の悪い笑い。

 人は、人を「実験」してはいけないんだ。

 僕は軍隊でも生きていけるだろう。どれは、「鈍い」からでも「健康的」だからでもない。自分の意識すら誤摩化すほど、ずる賢いからだ。

 これが、僕が長い間「カッコに括っていたもの」の正体だったのだろうか。

 一人の個性を無理やり大人数に合わせようとする。数をかさにきて、一人の個性をつぶそうとする。しかも表向き、みんなになじませようとしているんだ、という親切を装って。

 ユージンは、この間ずっとコッコちゃんのことを「ニワトリ」と呼んでいた。もう「コッコちゃん」とは呼べないのだろう。

 僕にはもう自信がなかった。
 自分が、いざとなったら親友さえ裏切って大勢の側につく人間なんだと思うと。

「黙ってた方が、何か、プライドを保てる気がするんだ。こんなことに傷ついていない、なんとも思っていないっていう方が、人間の器が大きいようなきがするんだ。でも、それは違う。大事なことがとりこぼされていく。人間は傷つきやすくて壊れやすいものだってことが。傷ついていないふりをするのはかっこいいことでも強いことでもないよ。あんたが踏んでんのは私の足で、痛いんだ、早く外してくれ、って言わなきゃ」

「言っても外してくれなかったら?」

「怒る。怒るべきときを逸したらだめだ。無視されてもいいから怒ってみせる。じゃないと、相手は同じことをずっと繰り返す」

「怒っても、ずっと同じことを繰り返されたら」

「それ以上は、相手の抱えてる問題だな。こっちに非はない」

「でも、ショウコちゃん、踏まれてても痛いって感じること、少ないんじゃない?」

「そうかもしれない」

「むしろ、ショウコは人の足踏みつけて気づいていない方だな」


(2016.11.16)
よく、こんなしんどい本を書けたなと感心する。吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」が根底にあることはタイトルと主人公の渾名(コペルくん)から、すぐにわかるのだけれど。このような形で「生き方」を正面から問うには精神的な体力が相当必要だろう。読むだけでも疲弊するこの物語を梨木さんが書いたことに、私は使命感というよりも「怒り」を感じた。そしてその「怒り」は私の中にもある。著者がその怒りをこうして表明してくれたことに、深く感謝したい。
 
関連記事


  • 管理者にだけ表示を許可する

trackbackURL:http://raffiner.blog70.fc2.com/tb.php/2677-e4562433

プロフィール

Author:彩月氷香

とにかく本が好き
読書感想がメインですが
時々、写真や雑記も。

*初めましてのご挨拶
*ブログタイトルの由来

<別館のご案内>
Instagram
99%、花の写真です。

moleskine絵日記
ちいさな絵日記。

表示中の記事

  • スポンサーサイト
  • 僕は、そして僕たちはどう生きるか  梨木香歩
  • --年--月--日 (--)
  • この記事にはコメントできません。
  • この記事にはトラックバックできません。
  • 2016年03月16日 (水)

カテゴリ

最新コメント

データ取得中...

月別アーカイブ

***

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。