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『冷血(下)』高村 薫

2017.09.26 高村 薫   comments 0
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毎日新聞社
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殺人の理由が「ある時」「ない時」。

さて。
一家四人が惨殺された後の出来事が描かれる下巻。
高村薫の描きたかったものが見えてくる。

殺人者と被害者の命の重みに、差をつけない。
これは許し難いことにも思えるだろうけれど。

犯罪を肯定するわけでは勿論なく。
犯罪者に同情しているわけでもない。

極悪人も、結局。
「裁けない」ということが書かれていると思う。

いや。それでも「法」は裁きますよ。
しかし、本質的には人が人を裁くことは出来ない。

4人も人を殺しても、悔いることが出来ない。
そんな人間は死んでもらうしかないと感じる。
私は死刑に反対したことは一度もない。

けれど、正しいことだとも思っていなくて。
敢えて言うならば、必要なことだと捉えている。
でも、その「必要」を満たすための犠牲の大きさも感じる。

それは、死刑を執行される犯罪者のことではない。
「死刑」というシステムを支えている、
それに関わっている人々の犠牲だ。それは重い。

当事者でない人間にとって凶悪犯罪は、
しょせん「怖いけれど魅入ってしまう絵」のようなもの。

「怖さ」を面白がれるのだ・・・人間というものは。
そのことが、私は怖い。
(当然、「人間」に自分も含めてのこと)

でも、もっと怖いのは。
犯罪者自身も「当事者」の意識を持たずにいられること。
元々、そういう傾向がある人間は犯罪と親和性があると思うが。
現代はいっそう強まっている、もしくは増えているのだろう。

ミもフタもなく言えば。
たまたま「ノリ」で殺しちゃった、みたいなもので。
ノってなかったら、殺さなかった・・・そんな殺人。

身勝手であっても、殺人者側に「殺す理由」があれば。
おそらく、第三者はいくらか安心できるのだけれど。

探しても探しても。
問うても問うても。
それがやっぱり、無い。

面白いから殺した、のですらない。

理由がないことを。認めることは難しい。
お金が欲しかったとか、憎かったとか。
理由があれば、殺人にも「居場所」が出来て。
なぜだか、殺された側にも救いがあるように思える。

そんなのは錯覚で。理由があろうとなかろうと理不尽だ。
いや。理由がないと理不尽は倍増する。倍増して感じられる。

その理不尽さは当事者以外にも広がる。
だから。事件を担当した刑事として。
合田が犯人に手紙を書き続けるのは、わかる。

わからないままにしておきたくない、闇。
その闇は「深い」と表現してしまえば簡単になるが。
むしろ、浅過ぎるのかもしれないという印象を受ける。

海に沈んで死ぬよりも。
洗面器の水で死ぬ方が、怖くない?
海なら納得できるけれど。洗面器なんて。

本書で描かれる犯人たちが浅いと言いたいわけじゃない。
ただわかりやすい深さを持っていないと言える。

時代のような気もするし。
ずっとずっと、そうだったのだという気もするし。

見なくても。自分が巻き込まれない限りは生きていける。
しかし。「死ぬべき人間」を決定する法を支持している限り。
本来は無視してはいけないものだ。出来ないはずのものだ。

死刑になる人間がどんな人間か。
自分とはまるで違う人間と言って済ませてすむかどうか。

ヒトは平気でヒトを殺せるヒト足り得る。
それは個人の問題か、社会の問題か、遺伝の問題か。
そもそも、人間と言う「種」の持っているものか。

(2017.5.6)
今、合田シリーズが新聞連載してます。
わくわくと読み始めたものの。
高村薫はどうやら連載向きではない様子。
小間切れに読むのはかなりしんどいです。
もはや、毎朝の苦行と化してます(笑)
軌道に乗るまでの我慢だと思ってますが。

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  • 2017年09月26日 (火)

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