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『悪魔のささやき』加賀乙彦

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集英社新書
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人間はなぜ殺人者となるか、なり得るか。


私は殺人ということに興味というか、自分なりの考えがあります。
その考えは、著者とほぼ一致しています。

要は、誰でも(当然私も)殺人者にはなれるということです。

著者は人が凶事に走ることを後押しをする力を、
「悪魔のささやき」と名づけました。

宗教的ニュアンスが入るため、
できれば「悪魔」という言葉は使いたくなかったそうですが・・・

その「悪魔」の力はどんな時、人を動かすのか。
その圧倒的な力に負けないにはどう生きたらいいか。

何しろ、著者は犯罪心理学者として身を立てようとして、
何百人という犯罪者に会ってきたのです。

何より、殺人者が殺人に至る経緯のあっけなさが怖い。
まさに「悪魔のささやき」にふっと乗ってしまったような。

著者は「私たち日本人は、特に流されやすい」と言います。

もの凄く、簡単に言えば。
社会が刑務所化している。そして人間の関心も狭くなっている。
興味の幅が狭くなるというのは大変、危険なことなのだと言う。

そして。
悪魔は人間の無知につけこむ。

そうですね。
加賀氏の言葉を追いながらゆっくり考えていくと。
私はやはり「悪魔のささやき」には乗らない人間ですね。

(でも、「悪魔のささやき」を聞くことはありますよ)

氏が語る「悪魔のささやき」を避けるための方法は。
つまるところは、「自分を生きる」ということです。

本物の「個人主義」は、自分の生き方を決めるということ。
流されずに自分について考え、自分を育て、生きるということ。
著者も言うとおり、それが一番大切なことだと思います。

自分自身の内面を見つめ、個人としての成長を重んじること。
自分で物事を考えること、そして反省すること。

悪魔のささやきに乗る瞬間、
きっと「自分」は失われているでしょう。

そういう、「自分を失う瞬間」を日常に持って生きている。
自分の心や意識を、乗っ取られることが珍しくないような、
そんな弱い意識しかない「自分」を生きている。

いえ。やはり。
私もそうなりかかっている・・・と思います。

時代にそのまんま乗っかれば、そうなります。
そうじゃないな。どの時代でも、あることです。

自分自身と対峙するのは決して楽なことではない。
不満足だらけの「自分」を育てるのもしんどい。
もっと言えば、自分の姿なんて見るのも面倒くさい。

「自分」を好んで「失う」素地があって。
社会のシステム、風潮、娯楽がそれを後押しする。

凶事は「強い自我」が生むものではない。
むしろ「自我」の空白から生まれるのだという気がする。

残念ながら。
ありとあらゆる恐ろしい犯罪の根っこは。
人間の「欲望」から生まれている。

たいていの人は道徳や両親や理性などが歯止めになり、
それらの欲望は娯楽や空想で遊ぶだけに留めて一生を終える。

でも。その歯止めは脆い、と著者は言う。

人がもともと持っている残虐性を。
解き放つきっかけとなるのは些細な偶然であることが多い。

「漂っている意識」が危険なのだ・・・というのもわかる。
そして、その「漂っているふわふわした意識」はよく見かける。

あ。私もその一員になりかかってた・・・

(2017.6.8)
怖くて、面白くて、共感して、反省する。
そんな、感情が「忙しい」読書となりました。
読了した本は、付箋で膨れ上がっていました。
犯罪心理に興味のある人はぜひ、ご一読を。
加賀乙彦の小説もそういえば昔、読んだなぁ・・・
近々、また何か一冊読んでみよう。

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  • 『悪魔のささやき』加賀乙彦
  • 2017年10月30日 (月)

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