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まだ定かならぬ決意とともに。

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私とブログの誕生日が今年もやって参りました。
誕生日にブログを始めたので、記念日が重なるのです。

何回目の誕生日かということは明かしませんが。
まぁ、だいたい人生半ば、ということにしましょう。
ん? そんなに生きないか・・・・生きないな、たぶん。

そして。ブログの方は、とうとう8歳!

初期の頃しか、毎日更新はしていませんし。
一ヶ月以上停止したことも何度かあります。
それでも、辞めることなく8年続いたわけで。

頑張った!とは。なんだか今は思えません。

振り返れば色々あったし。
でも、それを気に病む余裕もないほど近年は忙しく。
悩むことがありすぎてブログのことで悩んでもいられず。

だけど。時々。
すごくすごくすごく悩んで記事を書いてた頃が懐かしくなる。

きっと。歳をとったし。図太くなったんだな。
どんな人がどんな気持ちで読んでくれるんだろうって。
始めたころは、不安と期待が溢れていたっけ。

記事を投稿した後に。「怖い」と思うことが何度もあった。
その恐怖は、自分の発する言葉の責任というところから来ていて。

伝わらないとか、誤解されるとか、間違った印象を与えるとか。
誰かを傷つけるとか、怒らすとか、苛立たせるとか。
もしくはもっと単純に間違った情報を発信してしまうとか。

そんなに怖いなら、書かなければいいのにってくらい、怖かった。

振り返れば。
どれも。ひととおりもふたとおりも、やってますね。

十分に気を配って避けるべきことばかりですが。
完全にこれらの事故と無縁であれるとしたら。
それはよほど運がいいか、気配り超人であるか、でしょう。

自分が書きたいことを書きたいように書けば。
無事故であるのは不可能だという予測と覚悟はありました。
でも。実際に起きてみると、ほんとうに辛かった。

「それは誤解です」というのは。言い訳だと思います。
誤解されるようにしか表現できなかった側に責任はあります。
だけど、本人の努力の範囲で届かなかった場合は・・・

まぁ。それもやっぱり、言い訳です。

だけど。わかってくれる人もいるし。わからない人もいるし。
そもそも、受け取り方は受け取る側の自由なのだと思うし。
そう突き放してしまうと、なんだかとても冷たいようだけれど。

幼い頃から、あまり周囲から理解されない子供だった私は。
ある意味、初めから諦めがついているのです。
だからといって、「誰もわかってくれない」とは思っていません。

いつも。少数の、わかってくれる人がいます。

少数派であることを気取ってるのでも誇ってるのでもなく。
たまには。話の通じる人がいると信じているということ。
そして。それで満足だということでもあります。

だから。ブログを始めてみて、むしろ驚きました。
話が通じる人は、実は思っているよりたくさんいることに。

そもそも。好みや考え方が異なっていようとも。
読書好きというだけで、大きな共通点があるわけで。
感じ方の違いも、私には面白いのです。

私は「私はこう感じます。こう考えます」ということを書きますが。
それが正しい意見であるとは思っていません。

ただ、私は「私は」という主語のアクセントが強いらしく。
本人の意図せぬところで攻撃的な印象を与えるようです。

それは「書く」場面のみならず、「語る」場面も同じで。
相手を「突き刺した」ことか何度かあります。

いずれの場合も攻める(責める)つもりなど欠片も無く。
発した側としては、ひたすらうろたえるばかりですが・・・

それは相手が報告してくれて判明したことで。
知らないうちにもっと矢を飛ばしているかもしれません。

報告を受けた後に毎回びっくりしつつ、最初に思うことは。

私は何かに反対したり否定したりしたつもりはなく。
自分にとってどう感じられたかを述べたに過ぎないのに・・・
だいたい、私の感想なんかを気にする必要もないのに・・・
そもそも、そちらを目がけて矢を飛ばしてもいないのに・・・

たぶん。
この発言自体、もう、問題なんでしょうね。

ずーっと。言い続けていることですが。
私は「自己本位」の人間で。常に自分に向けて言葉を発しています。
どうも、そこが周囲の人には理解してもらえない気がする。

誰かに言葉をぶつけるという意識が本当にまったくない。
なので、ぶつけられました、と言われると面食らう。

いや。こうして、書けば書くほど、ただの言い訳で。
要するに「客観性」ってものがないのよ、思いやりがないのよ、
他人の気持ちがわからないのよ!っていう声が降ってきます。

うーん。でも。やっぱり。そうではない・・・

ちょっと。飛躍するかもしれませんが。
書き切れないので、すこし私の思考をショートカットしますね。

あの。毒舌家と言われている人(のうち私が認める本物のみ)って。
他人を刺す以上に、自分を刺していると思うんです。
無責任な人は自分を棚に上げて他人を刺しますけどね。

強い毒を持つ人は。
その毒を一番、自分に注いでいる、と。

自分自身を常に毒矢で四方八方から攻めてますので。
ある意味、毒にも矢にも不感症気味というのもあるかもしれません。

そして。日々、毒を濃縮させ。矢じりを尖らせ。

一見、毒にも矢にも見えない場合も人によってはあるかもしれず。
でも。才能ある人はみな、持っているはず。毒も矢も。

あ。いかん。しまった。まずい。

これじゃ、自分で「私は才能あります」って言ってることになる!
そういうことじゃありませんから! 断じて! 

私の毒も矢も。弱いですよ。弱過ぎますよ。もっと強くなりたい。

なんだかんだ言って。私は安易な「癒し」を信じません。
意外にもいちばん与えられる褒め言葉は「優しい」であり。
優しくありたいという気持ちは人並みにはありますけれど。

毒も矢も(もしくは刃も)持たない優しさなんて!

むむむむむ、いったい何が書きたかったんでしょうか、私。
もっと強くなりたい宣言か! ゴーイングマイウェイ宣言か!
今でも十分じゃないかと言われそうです。

そうだな。たぶん。でも。私には足りないんだな。

あー。久しぶりにこんな訳のわからぬことを書き。
そんなものを他人目に晒そうという我が神経がいささか怖い。

こう言って伝わるかどうかわかりませんが。
私はもっともっと、自分自身に毒でも矢でも降り注げる、
そういう強い人間になりたいのだと思います。

自分で、わかるから・・・
「あ、いま、誤摩化したな」「逃げたな」って。

あれ。自分との闘い宣言だったのか!
あー。まぁ。そうかな。そうかもな。そうだよな。

辞めずに続けられているだけでもいい、と。
完全に開き直り気味のブログの現状ですが。
せっかく続けて来たのだから。より良い形にして行きたい。

欲張っても無理だから、少しね。少しずつ、ね。

以下、今までの「誕生日記念記事」のリンクです。
未読かつ、ご興味のある方、かつ暇のある方はどうぞ。


2011年(1周年)「ダブル・バースデー その2~ブログ一周年」
2012年(2周年)「そして月日は巡る」
2013年(3周年)「気づけば、ブログ3周年」 
2014年(4周年)「ぶつくさ言いながら、4周年」
2015年(5周年)「とうとう5周年。ありがとうございます。」
2016年(6周年)「あ。そういえば誕生日だった・・・」
2017年(7周年)「続けて行く決意。」

奇しくも。去年の記事にも「決意」の言葉が。
今年の「決意」はそれとは内容は違うのですが。
不確かなままなので、中身を表明することは控えます。

というのは。あんまりですよね。
ひとことで言えば「時間を作る努力をする」ということです。
もっと言えば「ひまな時間を作ることを優先する」ということです。
「悩む時間を持ちたい」ということです。

そのためには。
もっともっと諦めなければならないことがたくさんあって。
かつ。自分の気持ちに素直になる必要があって。
世間一般基準の「ねばならない」を放棄する勇気も必要で。

できるのかなぁ・・・

最後に。
こんな、何がいいたいのだかわからぬ長文を読んで下さった方に深く感謝。

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  • 2018年02月28日 (水)

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