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アカデミズム絵画について

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はじめに、お断りを幾つか。

①この記事は、私の以前の記事にお寄せ頂いた小泉宗次さん(素敵なブログを運営しておいでで、よくお邪魔させて頂いてます)のコメントへの、返事となっております。こちら→「消えた美少女たち」を読んでからお読みいただけると幸いです。

②ご本人に許可を頂いて、その質問を以下に転載させていただきます。
 詳しくありませんが、
アカデミック美術って真実の美を追求するのではなく(美は遍在し得る)、美が真実である(絶対的な美のみ在り得る)と観念論的に考えているのでしょうか? 描かれるものは全て理想的、観想的であり、主体性や具体性を著しく排除する傾向があると考えていいんでしょうか? よくわからないです。写実主義的ではないとすると、画の中の少女はつまるところユートピア的な存在なのでしょうか? 質問ばかりで申し訳ないです。

③私の絵画の知識は中途半端ですので、必ずしも正確とは限りません。間違いにお気づきでしたら、ご遠慮なくご指摘いただけると嬉しいです。

④絵画に興味のない方には退屈かもしれません。その上、とんでもなく長いです。

では、覚悟の出来た方はどうぞ。
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当時(19世紀)のフランスには、アカデミーという国立の美術学校がありました。そこでは、宗教画、歴史画が重んじられ、アカデミーの支柱は「理想美」でした。彼らの信望する「美」とは、伝統意識にのっとった絵。つまり、正確なデッサン、写実的に表現する技術、細部までこだわり抜いた精緻さ、迫力ある画面を作りだす構成力。授業は相当厳しく、規律で定められていたといいます。

その中で超一流と認められた画家の技術水準は、やはり素晴らしいものだと思います。題材が限定されるために、表現の幅が狭いことと、技術の完璧を目指すことでどうしてか、精神性が薄い印象を見る者に与えるのは不幸なことです。実際、甘美さを追求しすぎて、どうも薄っぺらくなっている部分は見受けられます。

ともかく、当時はルイ14世やナポレオン3世などに庇護され、世の中にももてはやされ、アカデミー会員といえば芸術家のエリートでした。彼らは徹底的に印象派の絵画を否定しました。

19世紀末に印象派を含む革新的な絵画が脚光を浴びるようになると、形成は一気に逆転します。
アカデミズム絵画は、時代遅れで保守的、進歩もなく、体制的・・・と嫌悪され、美術史の中でも忘れ去られていきます。20世紀末になって、再評価されはじめたのですが、印象派の人気には及ぶべくもありませんね。反印象派というイメージの悪さも祟って作品の価値も不当に低く、行方不明になった作品も多いそうです。

絵画史をちょこっと齧った程度の私は、アカデミズム絵画のなんたるかは朧に記憶していましたが、その代表的画家といっても名前が浮かばなかったくらいです。偶然に、美少女の絵を探していて、ブクローに出会い、彼がアカデミズムの巨匠と知った次第。他にはカバネル、この人は名前は聞いたことありますね。確認してみたところ、やはり、ブグロー同様の甘美な画風です。

写実性を求めつつ、非現実的な理想の美に走っている、というのが面白いところです。構図や明暗、質感に完璧を求めながら、美しくない(と彼らが思ったもの)は徹底して切り捨てた、その姿勢は或る意味、とても潔くも感じます。

精緻な技術、安定感のある構図、万人が愛らしいと思う美しい顔立ち。これだけ揃うと、なんだか少女漫画めいた通俗性を帯びてしまうのですよね。実物を観ていないので、はっきりとしたことは言えませんが、画面はとても滑らかだそうです。筆使いを消し、つるつるとした印象だとのこと。だとしたら、なお一層、綺麗なだけの絵、に見えてしまうのでしょうか。

質問の答えにはなっていないかもしれませんが。私が語れるアカデミズム絵画の知識はこれくらいです。正確を期すならば新古典主義とのかかわりにも触れなくてはなりませんが、長くなりますし、私の怪しげな知識も馬脚を現しそうなので、割愛させていただきます。

以下、私の独断と感傷に満ちた長文が続きます・・・

彼らが主体性や具体性を意識して排除したかどうかはわかりません。私の勝手な考えでは、「美が真実である」と観念的に考えたというよりは、彼らの信じている「美」をひたすらに追求し、そのためには高い技術と様式美が絶対不可欠と思い、彼らの目にはそれが欠けていると思われる印象派の絵画は、芸術とは認められなかったのだろうな、と。

いわずもがなのことですけれど、アカデミックってプラトンの学園に由来する言葉ですよね。転じて、学者や芸術家の集団およびそこで行われる教育を意味するようになったわけです。この言葉じたいに、「非実際的」「権威的」という否定的な語感が含まれることも多いですね。

私の最も好きな日本人の画家と言えば、断然、佐伯祐三なのですが、彼がパリに渡って巨匠ヴラマンクに絵を見せた時に、「アカデミック!」と一喝されたという、とても有名な逸話があります。・・・そこから彼の闘いが始まり、あの独特の画風が確立されていくのですけれど。

アカデミックって、そんなに、悪いものなんでしょうか?学問として芸術を学ぶことは確かに弊害はありますけれど。結局は体制より個人の問題で、アカデミズムの中でも美も正義も、まぁ、やはり薄まりがちだとは言え、個性もあると思うのですが。ただ、そうは言っても、私の好みは反アカデミズム寄りなのは間違いありません。・・・絵画に限らず、全般的な分野において。

単純化しすぎかもしれませんが、「技より心だ!」っていうのに人間弱かったりします。稚拙でも思いがビシバシ伝わってくる、というものに心動かされたり。「心」のために「技」を磨くのが本物なんでしょうけど、まぁそのつもりでも、どっちかに偏っているものですし、なまじ変にバランスを取ろうと欲張るより、その方がマシな場合もあります。
印象派もその他モダニズムなど革新的な絵画も、アカデミズム絵画も、「美」を何よりも求めていたことには違いないと思うのです。何を「美」と信じるかが異なっていただけで。

そして、幸いなことに私たち現代の人間は、どちらもそれぞれに美しいと思う自由があるのですね。どちらかが美しくないと感じても、極端にいえば、どちらも美しくないと思ってもいいわけです。時代の精神というものは良くも悪くも薄まっているのかもしれません。美を鑑賞するに当たっては、有難いことのように感じます。

そうは言っても、私自身、印象派を愛するあまり、ちゃんと観もしないうちにアカデミズム絵画なんてロクでもないものと決め付けていたことをかんがみると、やはり「時代の精神」に毒されていたのでしょうね。その反省もこめて、アカデミズム絵画が、今、とても気になるのです。

適切な引用かわかりませんが、近々「心の整骨」に取り上げようと思った言葉が、私の心境に近いようなので、ご紹介します。

私は、いつも「最高」のものばっかり好んできく趣味はないし、それを特に探そうと考えているものでもない。バッハには、まだ別のバッハが幾つもある。そういう中で、リヒターのバッハと著しく違っていて、しかも、私を魅了してやまないのは、グレン・グールドのバッハである。リヒターとグールドと、私は、そのどちらも捨てたくないし、捨てる必要を少しも感じない。音楽は、それを許すのである。

                  吉田秀和「一枚のレコード」 

音楽を絵画に置き換えても、通用しますよね。蛇足ですが、私はグールドのバッハを偏愛しています。グールドその人も、とても興味深い個性を持つ、愛すべき芸術家(ピアニスト)なのです。また、吉田秀和氏の著作のファンでもあります。この方のクラシック音楽への愛情の滲み出た文章はとても美しいです。

最後に、ブクロー氏はエリート街道まっしぐらで恵まれた一生かと思いきや、子供たちを次々に亡くした、とどこかで目にした気がするのですが・・・。だから、彼の描く少女たちは、あんなにも愛らしいのだ、と。
本当なら、とても意味深い逸話ですが。どうも、それらしい記述に行き当たりません。記憶違いなのか・・・。
この点が明確にならないと、少女がユートピア的な存在として描かれたかどうかは、判断することができません。彼個人の思いが、どのように反映されているかで答えは違ってくるでしょう。

ご存知の方がいらしたら、教えていただきたいです。
amazonで探してみると、ブグローの伝記も出版されているようですが、公正さを著しく欠く内容らしく、一番のポイントとなるべき印象派との確執にも触れていないとのこと、どうも読みたい気持ちの起こらない本です・・・。

冒頭の絵は、カバネルの代表作「ヴィーナスの誕生」。
同じ題材では、ボッティチェリのものが遥かに有名ですけれど。
ヴィーナスの横たわる波といい、彼女の肌といい、表情といい、その高度な技術に裏打ちされた臨場感のある表現力は素晴らしいの一語に尽きます。
幾分、生々しすぎるようにも感じられる美しさですが、私は好きです。
この絵はサロンで一等賞となり、ナポレオン3世が買い上げたそうです。


最後まで読んでくださった訪問者さま、ありがとうございます。
心より、お礼申し上げます。

関連記事

詳細に渡るご説明有難うございます。
とても勉強になりました。

>構図や明暗、質感に完璧を求めながら、美しくない(と彼らが思ったもの)は徹底して切り捨てた
>筆使いを消し、つるつるとした印象だとのこと。だとしたら、なお一層、綺麗なだけの絵、に見えてしまうのでしょうか。
>彼らの信じている「美」をひたすらに追求し、そのためには高い技術と様式美が絶対不可欠と思い

これがアカデミズム絵画の特質かと読んでいて、これはカラヤンの演奏スタイルを叙述しているみたいだ(『筆遣いが消えた滑らかな表面』は正に音楽的に言うところのレガートでしょう?)、と思っている時に吉田秀和さんの言葉が引用されたので多少驚きました。又、写実性は確かにあれど自然主義のゾラのようなことには決してならず、その意味でアカデミズム絵画は観念的なのだろうと思いました。

>印象派もその他モダニズムなど革新的な絵画も、アカデミズム絵画も、「美」を何よりも求めていたことには違いないと思うのです。何を「美」と信じるかが異なっていただけで。

この美の相対性というのは僕自身その通りだと思いました。この考え方は特に今、現代にはとても大切なことのように思えます。全ての人の中にそれぞれ違った形で『美』というものに対する概念がある。その美意識の違いを愉しむのも恐らく美術に接する一つの態度として、特に多種多様な美の形態が歴史的に解放されている現代においては忘れてはいけないことなのでしょう。

ブグローが描く少女が美しいのは彼自身が幾度も掌中の玉を失う経験をしたから、というのには虚をつかれました。これが真実か否かは不明とのことですが、真実だとすればそれはブグローの美術により一層の物語性を与えるでしょうし、仮に真っ赤な嘘であったとしてもそれはそれでブグローが全く評価されないことを嘆いた愛好家の切なる願いが籠っているのであり、何れにせよ『美』というものに崇高性が与えることになる、と考えました。

この度は長々と陳腐な質問にお答え頂き恐悦です。末筆ながら、弊ブログを丁重にご紹介して下さったことに感謝致します。
2010.07.31 09:26 | URL | 小泉宗次 #JyN/eAqk [edit]
私のいちばん伝えたかったことを汲み取って下さったので嬉しいです。ご質問に便乗するかたちで自分の感情を吐露しただけではないかと、多少悔いる思いもありましたので…。

カラヤンの演奏スタイルに例えられたのは、慧眼ですね。私も全く同様の感想を彼の音楽スタイルに抱いていたので、とても驚きました。クラシック音楽については私も色々と思うところがありまして、もしかしたら今後、記事を書くこともあるかもしれません。

ブログを紹介させて頂くにあたって、ブログ名を出してリンクを貼った方がいいのか、それは出過ぎた行為なのか、最後まで悩みました。一度、「素敵なブログ」という部分にリンクするようにしてみたのですが、ご本人の了承を得ずに失礼に当たると思い、消したのですが・・・。今更ながら、ご希望のかたちがございましたら、おっしゃっていただけると幸いです。リンクの欄に、というのでも、もしよろしければ。
リンクというシステムに関しても、私の考えがまとまっておらず、ブログ運営に際して、最も不安な分野なのですが。そろそろ、方向性を定めねば・・・と思っています(個人的な話で申し訳ありません)。

絵画に限らず芸術全般に対して、漫然とただ「美しいな」という感想で終わってしまいがちな怠け者の私は、こうしてじっくりと、その背景を検分することで一層「美」の深淵が見えてくるということを失念しがちです。
その機会を与えて下さったことに感謝いたします。

雑学はかなり詰め込んでいる(ぼろぼろとこぼれていきますが…)人間ですので、質問があれば、いつでもどうぞ。可能な範囲でお答えしたいと思います。
2010.07.31 11:45 | URL | 彩月氷香 #- [edit]
こんにちは。1年前のエントリーなのでもうご存知かも知れませんが

>最後に、ブクロー氏はエリート街道まっしぐらで恵まれた一生かと思いきや、子供>たちを次々に亡くした、とどこかで目にした気がするのですが・・・。

これは本当のようです。
ブグローは5人の子供をもうけましたが、本人より後に亡くなったのは長女1人だけです。

長女1857-
長男1859-1875
二女1861-1872
二男1868-1898
三男1876-1877 同年妻も死亡

件の「ウィリアム・ブグローの生涯」という本の巻末のブグロー年表に載っていたので間違いは無いでしょう。
この本読んでるとブグロー先生がすごくいい人に見えてきますよ(笑)。
とはいっても内容が散漫すぎてあんまり面白い本ではないのですが。



2011.07.29 02:37 | URL | 山瀬 #pYrWfDco [edit]
まぁ、ありがとうございます!
いまだ、未確認でございました。
ほんとですね。4人の子供が次々と亡くなってる・・・。

確かに史実を知るには役立ちそうですが、退屈そうな本ですね(汗)
長らく忘れ去られていたから、伝記も良いものがないんでしょうか。

そういえば。近頃、絵画に飢えております。
秋になったら、額の中の絵のシリーズも復活させたいものです。
2011.07.29 11:01 | URL | 彩月氷香 #b98C2Btc [edit]


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  • 2010年07月30日 (金)

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