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『放浪記』林 芙美子

4101061017
新潮文庫
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読み始めてから読み終わるまでずっと苛々していた。突然現れる「あの男」や「あの人」という言葉が誰のことを指しているのかわからない。いつの間に、どこからどこへ芙美子が移動したのかわからない。気がつくと、私も芙美子とふらふらと放浪しているような錯覚に陥っていた。混乱して、様々な出来事が頭の中でごちゃごちゃになった。

そのような状態でこの本を読むのはかえって、ふさわしいことなのかもしれない。はっきり、くっきりした頭で考えながら読むよりもこの本の雰囲気をよく捉えられる気がする。けれど、あくまでもストーリーのある小説としてこの本を読もうとした私には、この本はバラバラで細切れで、何が何だかちっともわからない苛々させられる本でしかなかった。その上に非常に厚い。精神的な疲労を感じながら半分から後ろの方は、すごい勢いでとりあえず読むだけは読んだという風で、文字は目に入っても頭には殆どなにも残らなかった。

それが一度目に読んでから随分日が過ぎた頃に改めて読み始めた時、私は以前読んだ時とはまるで違う印象を受けた。あらかじめ、この本が雑記帳をもとにまとめられた順序を重視しない形式で成り立っているという認識を持っていたことによる差もあると思う。何より、私が起承転結のある小説に慣れ過ぎていたことがこの本に対する苛立ちを生んでいたのだったから、その点にこだわらないことで、この本に対する見方は随分変わったのだろう。物語らしい話の展開に固執せずに読むことでむしろ情景も芙美子も生き生きとして、背景となる様々な登場人物と共にひとつの物語として見えてきたのだ。

そしてまた、この本は筋を追い、無理に物語として捉えようとしたりしないで読むほうが魅力があることに気付いた。芙美子のどん底にあってもぎりぎりのところで卑屈になっていない生き方、苦しみをわざと茶化して見せるひとりごとには、貧乏なんて知らず、物質的には何の不自由もなく育った私の心にも強く響いてくるものがあった。勿論、私に飢えや貧乏の苦しみがわかると言ったら嘘になると思う。わかる筈がない。想像してみることは出来たとしてもそれで芙美子の苦しみがわかるなどとは言えない。

ただ、この人の文を読んでいると私にとっては何でもないような食べ物がひどく、美味しそうに頭に浮かんだ。あんパン、うで玉子、おべんとう、とうもろこし、みそ汁・・・。私はこの本以外でこれらの食べ物の名をみておいしそうだと思ったことなんてない。実際これらを口にして特においしいと思うことも殆どない。なのに、この人の文章の中に見つけるこれらの名前は、匂いが漂ってきそうに思えた。美味な味として私の脳裏に浮かんでくるからではなく、芙美子の飢え、「食べたい、食べたい」という強い思いが私にも伝染したせいなのだろう。それ程、この人の文には力がある。美しく、取り澄まして小綺麗にまとまった文などは持ち得ない真の力、魂の響きのようなものがある。

そういったものは、たった一行読むだけでも感じられる。適当にパッと開いたページの、目についた箇所を無秩序に読んでも充分、心の満たされる本だと思う。ただ明らかにこの本に収められた中では一番新しいと思える文―芙美子がかなり安定した収入を得ていることのわかる文―から、私は不安を感じた。それまでの、貧乏暮らしに苦しんでいた芙美子の文にはなかった気弱さがそこにあるような気がした。

飢えの苦しみから解放されたかわりに、芙美子は重い鎖につながれてしまったかのように思える。不安で明日の何の保障もなかった頃には持っていた自由を失い、何事にも負けまいという芙美子の気の強さ、開き直って見せる態度など、私の惹かれた部分も失い始めているように見えた。どれほど苦しかったにしても、本当は芙美子にとって幸せなのは放浪の生活なのではないかと思いたくなった。

第三者の勝手な考えだろうけど私はひとつの場所に根をおろしてしまった芙美子を見たくなかったのだと思う。それくらい、放浪の日々を生きている芙美子が鮮やかで印象的だった。
私の頭の中の芙美子はいつまでも放浪し続けている芙美子だと思う。

(読了年月日不明)
いつも訪れてくださっている方は、少し驚かれたでしょうか。これは、例の高校時代に無理やり読まされた本たち(ご存じなく、気になる方はこちらをお読みください)の感想文の一つです。
連休中、どんなものが飛び出すやら恐ろしくて長年読めなかった感想ノートを、うっかり開いてしまいました。勇気を出して読んでみると、文章のあまりの素直さに軽く感動すら覚えました。
と、いうわけで。恥を恐れず、公開することにしました。全く、一語も手は加えていません。気になるところは多々ありますが。もとの文章は改行なしでみっしりと書かれているので、その点だけは読みやすいよう、区切りました。
思い出したくもないくらい、ひねくれた少女だったと記憶している自分の、意外なほどの真っ直ぐな気持ちに、どんなに暗く救いがたいものと本人が思いこんでいても、若さとは清々しさを失えないものなのだな、と今は微笑ましく感じます。
ご要望ございましたら、まだ人前にかろうじて出せそうなのは幾つかあります。



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時々、写真や雑記も。

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  • 『放浪記』林 芙美子
  • 2010年08月18日 (水)

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