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獣の奏者 3(探求編)  上橋菜穂子

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講談社
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(生きていくことを・・・)
ゆがめるのは、間違っている。
遠く冴え冴えと光る星を見ているような気持ちで、エリンは、そう思った。
どれほど多くの事情が絡み合っていたとしても、生き物の生をゆがめるのは間違っている。その一点だけは、どんな事情のなかでもゆらぎはしないのだ。

・・・ここに、物語の核となる信念が凝縮されている。

強力な武器となりうる「王獣」をただ一人、操る技を持ちえたために、
国の勢力を左右する「駒」となってしまったエリン。

過去には一つの国さえも滅ぼした「王獣」と「闘蛇」という、
二種類の猛獣たちとそれを巡って生きる人々、それぞれの立場からの、
政治的、個人的な思惑の絡み合い・・・。
望まぬままに、その渦の中心へと投げ込まれるエリン。

何という過酷な運命を一人の少女が背負わねばならぬのかと、
胸を痛めながら1、2巻を読んできたが、3巻ではエリンも母となった。

ジョシという利発で明るい愛らしい子供を持ち、
いっそう彼女の「命」をまっすぐに見つめる目は強くなっている。

彼女の母が守るために自らの命を犠牲にした秘密にも、
エリンは苦しみながら、挑んでいく。
知識を秘することで厄災を逃れることは間違っているという思いで。

ただひたすらに願った、愛する夫と息子との平穏な暮らしを、
とうとう無残に打ち砕かれながらも、彼女は探し続ける。
自らも、人々も、王獣も、ありのままに生きられる道を・・・。

何度も、何度も、私の涙に滲んだ目は、文字の輪郭を見失った。
哀しみというよりも、もっと根源的な部分に響いてくる何かが、
その強い魂の振動を表すすべがなく、涙に変わるのだろうか。

ファンタジーとして極めて純化された形ながら、
この物語は人間の性の哀しさを読者に突きつけてくる。
人間が生きることは何故こうも不自由に多くのしがらみに縛られているのだろう・・・。

実は、エリンが羨ましくさえある。

少なくとも、彼女には自分の立ち向かうべきもの、
自分にとって大切なもの、がはっきりと見えている。
だから、苦しみながらも心の誇りを保ち続け、
まっすぐに前を見、その視界を濁らせることがない。

対して私には、敵も見えない。
自分が闘っているという意識すらない。

けれど確実に生きて行くなかで多くのものを滅ぼし、
その犠牲をうっすら知覚しながら目を背け、
かつ無意識に自らのうちの大切なものも破壊しながら、
恐ろしいほどの平常心で淡々と日々を送っている。

・・・そんな気がしてならないのだ。

エリンのひたむきさが、息苦しいほど心に響くのは、
見えぬ闇の彼方へ追いやった筈のものが呼び覚まされるからなのだろう。

冒頭に引用したエリンの思いは耳に痛い。
とうの昔に現代の私たちは、「生」を歪めて生きることを通常の状態として当然のように許容する世界を作り上げ、そこに、そこそこ居心地良く収まってしまうくらいに、
「生」から遠ざかった存在になり果てているのではないだろうか。

私は、呟く。エリン、頑張って、と。
とても身勝手な感傷だと自分を笑いながら、
私の分も、強くまっすぐ生き抜いてと、思わず祈ってしまう・・・

(2010.9.20)
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人間が生きることは何故こうも不自由に多くのしがらみに縛られているのだろう・・・。

つくづくそう思います。真剣に生きようとすればするほど逆風に押し潰されそうになる。よく考えれば、いたるところに拘束がある。人間には自由があるかも知れないが、それはある意味囚われた自由。牢獄の中で精一杯の自由を行使しているような感覚。そうしたことを時に思いますが、わたしはそのことに幻滅を憶えません。不自由を単なる規則、あるいは形式と考えます。それがなければ凡そ締まりがなく全てが曖昧で流れ出していく。不自由は、穿った云い方をすれば秩序。時には秩序に嵌め殺しになるかも知れませんが、形式を突き破るようなものにこそ美が降りてくるような気がしています・・・。
2010.09.23 13:19 | URL | 小泉宗次 #- [edit]
「ショーシャンクの空に」は、
原作も映画もどちらもいい、という稀有な作品ですね。

そうですねぇ。小泉さんのおっしゃることには同感いたします。
が、今回私が述べようとしたこととは少し論点がズレているようです。
文化と芸術寄りの話でなく、人間をより「生物」として捉えて考える場合の話なので・・・。
私の表現自体が、あまり適切でなかったかもしれません。そもそも、私が感覚的に捉えるそのニュアンスの違いは言葉にしづらい(私の表現力の不足もあり)のですが。
自分の語り易い言葉を選んだことで、齟齬が生じたような気もしてきました・・・。

小泉さんのイメージには全くない、というか、おそらくこのシリーズを読んだりはしていらっしゃらないでしょうけれど、お暇があれば時間がかからずに読めるものなので、気分転換にいかがでしょう?
エリンは形式を打ち破って生きていますが、美を求めているのではないので。
まぁ彼女の生き方が清冽で美しいとは思います。
そこに、私は打たれるのですけれども。

ゆっくり思考をまとめる時間がなく、中途半端なお返事になってしまってるかと思います。ごめんなさい。秩序と形式の話もまた、じっくりとできる折がありましたら、いつか。
2010.09.23 23:14 | URL | 彩月氷香 #- [edit]
矢張りこうなりましたか。おそらくこのような微妙な感想を抱かれるだろうと云う気はしていました。論点がずれているのは承知でしたが、何か衝動に負けて形振り構わず書いてしまいまして、申し訳ないです。彩月さんの言葉使いに非は全くなく、齟齬はわたしによるものです。そうした諸々に対する申し訳なさを文章末の点に託したのですが、それも齟齬を大きく育てるだけだったようです。

はじめは『恐ろしいほどの平常心で淡々と日々を送っている』というのに着想を得て書こうと思ったのですけど、そうしていたらまた多少は違った反応だったりしたのでしょうか。

にしても彩月さんの言葉を読んでいて唐突に思った事ですが、わたしは何か本を読むと云う行為をどこか本質的なところで履き違えているような気がします。夢想家の性と云えばそれまでですが、要するに文章群の小説を個体として把握するのではなく、小説の中に現れる詞に着眼し、小説の意思とは無関係な方向へと勝手に空想を広げていく傾向があります。

何やらまた筋の通っていないことを書いている気がして・・、この辺で終わりにします。
2010.09.24 07:44 | URL | 小泉宗次 #- [edit]
私、お返事書いてから、小泉さんが承知の上で敢えて書かれたのだということに気付きました。お心を汲めなかった自分の迂闊さに舌打ちしたいような気持ちになりました。また、書き込みして下さって良かったです。

『小説の中に現れる詞に着眼し、小説の意思とは無関係な方向へと勝手に空想を広げていく傾向』は私も大いに持っています。それは間違ってはいないと思います。八方美人な私は臨機応変に(できる範囲で)読書の対象に合わせて読み取り方を着替えようとしたりもしますが、それが成功しているとは言えません。

以下、私がこのブログで出会った大切なお友だちへのコメントの一節なのですけれど、今私の伝えたいことに近いと思うので、過去の自分の文章を引用するという図々しさをお許しくださいますよう。あとこの場にて彼女にも、言葉の使いまわしをお詫びしておきます。

「読者は作品を通して、作者のメッセージだけでなく、自分自身の心に住む課題に対面してしまうのじゃないかしら。

著者が意図したものを掴めなくても、自分の心に生まれる景色は、かけがえのないものだと思います。そういう読書が私は好きです。その自由を読者に与えてくれる懐の深さのある作品こそが本物だと、私は勝手にそう、信じています。 」

小泉さんが私の拙い文章から、何かを感じてくださることをとても嬉しく思います。ブレない課題をいつも持っていらっしゃることもお書きになるものから伝わってきます。詞に着眼されていることも、文章のなかの最も肝となる言葉を掬い取る能力となって現れていると思います。
私の文章のなかから、小泉さんが拾い出して下さる言葉は、いつも一番私が伝えたかったこと、ですから。うまく言い表せたか不安で、いっそのこと消そうかと悩む一文を必ず見逃さない感性と、そのことを届けてくださる言葉に、いつも嬉しい驚きがあります。

今後とも、私の誤解など恐れず、思うところのある時はコメントしてくださいね。
贅沢を言えば、『恐ろしいほどの平常心で淡々と日々を送っている』に着想を得て小泉さんが書かれるものも、是非読んでみたいものです。
2010.09.24 09:53 | URL | 彩月氷香 #- [edit]
迂闊と云うことならわたしにも責任がありますが、取り敢えず何にせよ齟齬が氷解して良かったです。

>読者は作品を通して、作者のメッセージだけでなく、自分自身の心に住む課題に対面してしまう

同感です。ですが、奇人な私に言わせれば、わたしにとって読書が大切な意味を有しているのは、それによって私自身が意識さえしていないような深遠なる精神的課題と向き合うことができるから、となるでしょうか。常にどこか目的的読書と云う感覚があったりします。とは言え、自分と似たような思考で彩月さんも本を読んでいることが感覚的に掴めたと云うのは結構うれしかったです。

コメントに関してはこれからは細心の注意を払うようにしていきます。新たなる着想からの小話は少々長くなりそうですから遠慮しておきます。まだ空想の段階ですが、随想録のようなものを時にブログで書いていこうかなと今回のことで考えました。芸術に対して何を考え、何を感じているかと云う極めて抽象的な随想を。

それでは、
2010.09.25 10:02 | URL | 小泉宗次 #- [edit]
ひとつ、付け加えるならば。
私は、「自分」を忘れさせてくれる、そういう書物も好きです。
「自我」が育ち過ぎたゆえか、なかなか無心になれることはありませんが。
作中人物になりきれる、というのも楽しいものです。

私のように目的もなく読むことが常となっていると、それはそれで、時折とつぜんに目的探しに躍起になったりするのかもしれません・・・それで見つかると思う方が無理なのでしょうね。


では、随想を楽しみに待つことに致しましょう。
2010.09.25 23:47 | URL | 彩月氷香 #- [edit]


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  • 獣の奏者 3(探求編)  上橋菜穂子
  • 2010年09月21日 (火)

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